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吉原大火
光は十五歳となった。
成長と共に仕事にも慣れ、慣れるごとにそれまで見えていなかった部分が見えるようになった。
光が上顧客の書類を持って廊下を歩いていると、一人の振袖新造が手紙を手に持ち、格子の入った窓際で座り込み項垂れていた。
「すずな?」
すずなと呼ばれた光と同じくらいの年の少女ははっと顔を上げた。
「あ、ああ光。」
「どうしたの? 体調でも悪い?」
ちらりと手紙を見る。
すずなは少しためらったあと、小さな声で言った。
「……お母ちゃんが、死んだって……。」
光はすずなにゆっくりと近寄り黙って横に腰を下ろし、心配そうにすずなを見た。
「あたしがここに来たのは七歳の時なの。それから会ってないから……。」
光は、かける言葉が見つからず黙って目を伏せてすずなが静かに話すのを聞いていた。
光も両親はいないが顔も知らないし、遊郭主夫婦に大切に育てられたので、実の親にはそれほど思い入れはない。だが、すずなの表情を見れば気持ちは理解できる。
すずなは今はまだ花魁に付いて修業をし、来年には客を取るようになる。
年季が明けるのはまだまだだ。葬式に出ることは叶わず、墓参りでさえもいつになることかわからないだろう。
それがわかっているから横で黙って話を聞くことしかできない。
「あたしがここに来る時、泣いてた。最後に見たお母ちゃんの顔、泣いてた。
……いつかまた笑ってる顔が見られると思ってたんだけどな……。」
「……。」
すずなは、はっと息を吐いて泣き笑いのような顔を上げた。
「あー、ダメ。泣いたら花魁に心配かけちゃう。光、話を聞いてくれてありがとうね。あはっ、どうして光まで泣きそうな顔になってるの?」
「ん、なんでかな。」
すずなは小さく笑ってゆらりと立ち上がり、階段を上がっていった。
光はその後ろ姿を見送った後、仕事に戻るべく再び書類を手に立ち上がった。
***
別の日、光は遊郭主に呼び止められた。
「禿のあさぎが体調を崩したようだ。奥の部屋に寝かせているが近寄らないようにな。」
「薬師か医師は?」
「食事は運ばせるように言ってあるが、しばらく休んでいれば治るだろう。」
「ええ、そうですね……。」
その後、あさぎの姿を見ることはなかった。
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