第一章 ふと覚めてみると

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第一章 ふと覚めてみると

 相羽 倫(あいば りん)は、その白い頬を撫でる温かな風の気配に、目覚めた。  かすかに花の香りの混じる風が、淡い色の髪をさらさらと優しく梳く。 (あれ……? 今は、2月のはずなのに……?)  雪になりかけているような、冷たい雨が降っていたはずなのに。  そして僕は、亡くなった両親を偲んで、墓石の前に膝をついていたはずなのに……?  寝ぼけ眼でぼんやりと、意識が整うのを待っていた倫だったが、突然頭上から落とされた怒声に飛び起きた。 「こらぁ! 草むしりの分際で! サボって昼寝とは、いい度胸だなぁ!」 「え? えっ?」  とっさに声の主に顔を向けた倫に、その男は眉を片方だけ上げた。 「んん? 見ない顔だな。新入りか? 名前は?」  状況が呑み込めないが、男は屈強な体つきに、よく日焼けした顔を持っている。  目も鼻も口も大きく、まるで仁王様のようだ。  素直に従った方がいいな、と倫は名乗った。 「はい、相羽です。相羽 倫です」  すると男は、意外そうな声を掛けてきた。 「お前、名字を持っているのか?」 「はい?」  名字なら、この国の人間ならば、誰もが持っているだろう。  さらに混乱してきた倫だったが、男は腕を組みうなずいた。 「名字を許されてるほどの人間に、さすがに草むしりはさせられんなぁ」  おおかた、御家を取り潰された貴族の御曹司が、このお屋敷に預けられた。  そんな所だろう、と男は勝手に倫の身の上を声に出してまで推測すると、手を差し伸べた。 「ほら、立て。せめて、少しでも楽な現場に置いてやるよ」 「ありがとうございます」  男の手を取り、倫は驚いた。 (大きくて、すごく固い。まるで、岩みたいだ)  その手が、男の全てを物語っている。  働き者の証のような、素晴らしい手をしていた。  そして、そのリアルな感触は、倫にこの世界がただの夢物語ではないことを、突き付けていた。
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