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「どうしたの都子ちゃん、なんでも言って」
『えへへ、あのね! あたしついに新しい子をうちにお迎えしちゃったの!』
「新しいお人形を? よかったね都子ちゃん」
『うん、これから新しい我が家の一員だよー! はやく名前も考えてあげなくちゃ!』
家族。一員。名前。羨望が、乾ききった胸をよぎる。
「ねぇ、都子ちゃん。良かったらそのお人形、『ハルカ』って名前にしてくれない?」
思った時には、言葉に出していた。止めがたい思いが、あふれ出している。
『えっ、ドールちゃんの名前を? いいの!?』
「私がお願いしているの。よかったらで、いいんだけど……」
『もちろんだよ! ドールちゃんの名前、嬉しいなぁ! あなたに名前が出来たよ、ハルカ! あたしのとっても大切な友達の名前! よろしくねハルカ!』
「ありがとう、都子ちゃん」
『こっちこそありがとう! すぐにハルカの写真送るから、待っててね』
通話が切れる。ほとんど待つこともなく、メッセージアプリに写真が送られれてきた。
黒く長い髪の、整った鼻筋のお人形だ。目が大きくて可愛らしい。人形を抱きしめる、都子ちゃんも一緒に写っていた。
この子なら、きっといつまでも大切にハルカを愛してくれるだろう。
――良かったね、ハルカ。あなたをきちんと見てくれる人が出来たんだよ。
――良かったね、ハルカ。あなたにも、素敵で大切な家族が出来たんだよ。
それならもう……こんな抜け殻とはお別れしてもいいよね。
私は私として、生きてみたっていいよね。学校の皆は、私を私として見てくれる。あの人形は、ハルカとして生きられる。
それなら、私だって――。
両親の部屋に行き、裁縫箱の中から大きな裁ちばさみを取り出した。
「こんなもの、もう必要ない」
部屋に戻ると、私は彼方のために与えられて来た衣服をすべてバラバラに切り裂いた。
様々な模様や彩りのあった服は、次々とただの布切れに変わっていく。
ハサミを持ったままキッチンに降りる。洗面台の鏡の前に立ち、彼方に瓜二つにされた長い髪を掴んで思いきり切り捨てた。
いくつもの髪が行く先を探すように宙を舞う。
これでもう、私は彼方じゃない。私は、私は遥香だ。
もう、彼方の背中は見ない。両親がどんなに私を彼方に重ねても、跳ね返してみせる。
私の中に残っていた彼方の呪縛は、解かれたのだから。
だからもう、あなたの影を見る事はない。さようなら。
「さよなら、彼方」
【了】
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