あるいは「雨」を使わずに雨を描写すること

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あるいは「雨」を使わずに雨を描写すること

 眠くて寒くて、布団にくるまっていると、母さんの声がした。学校にはまだ間に合う、大丈夫だからと最初は無視していた。けど。 「外は雪ぃよ」  そんな台詞を耳にしたから、起きてみる気になった。あいにくと僕の部屋の窓は、開けてもお隣さんの壁が見えるだけなのだ。  寝床を飛び出すと同時に、はんてんを引っかけ、階段を駆け下りる。 「おはようっ、母さん」 「ようやく起きたわね」  朝の挨拶もそこそこに、母さんは忙しそうに動いている。  僕はテーブルに着きながら、横手の窓へ目をやった。 「あ……れ?」  思わず、声を上げる。雪なんか降っていない。もちろん、積もってもいない。窓の外は、夏を思わせる土砂降りだった。 「母さん、嘘ついたなっ」 「何がかしら?」  ミルクコーヒーのカップとトーストを持って来た母さんは、そらとぼけている。 「雪、降ってないじゃんか!」 「雪? 誰がそんなことを言ったの?」 「誰って、母さんが」  僕は呆れながら言った。でも、母さんは相変わらずとぼけている。 「母さんが? いつ?」 「さっきだよ! ついさっき。僕を起こすとき、階段の下から言った!」 「おかしいわねえ。母さん、そんなこと言ってないわよ」 「言ったよ。『外は雪ぃよ』って」 「あら、そう聞こえたの?」  ころころと笑い出した母さん。 「なるほどね、ユウ君、寝ぼけてたのね。ちょっと発音が変に聞こえたのよ。母さんがさっき言ったのは、『雪-ヨ』」 「……? だから、『雪ぃよ』だ」  首を傾げる。どう聞いても雪としか聞こえないじゃないか。 「ようく聞いてよ。あなたは『雪ーヨ』と勘違いしてるみたいだけど、母さんが言ったのは『雪-ヨ』ですからね。何も間違ったことは言っていません」  発音の違い? さっぱり分からない。まだるっこしくなった僕は、はっきり、「外は**だよ!」と言おうとした。けど、肝心なその単語が、口から出て来ないんだ。 「どうかした? もう、くだらないこと言ってないで、早く食べなさい。」 「……」  僕は考えた。そして、母さんが新たに持って来た目玉焼きの黄身を潰し、皿の空いているところに「雪-ヨ」と書いてみる。  何となく、分かったような気がした。 「母さん」 「何?」 「『雪-ヨ」』って、『雪 マイナス ヨ』ってことなんだ?」 「そうよ。決まってるじゃない」 「『雪』の下の小さいヨを取っちゃえばいいんだね」 「分かってるんなら、いちいち聞きなさんな。早く食べないと、学校に遅れるわよ」 「はーい」  僕はトーストの角をかじった。窓の外を見ると、相変わらず、「雷-田」が降り続いていた。 ――おしまい
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