7話

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7話

 しかしその後も告白する勇気が出ることはなく、相変わらず校内でリカルドを見かける度、ノクスの心が騒めいた。恋心を再び心の奥底に封印したノクスは勉強と訓練に没頭し、4年生になると監督生の中でも学校の代表であるヘッドボーイに選ばれた。    監督生は教官と寮長からの推薦ののち、寮生からの投票で決まる。4年間ずっと学年首席で3年間監督生を務めたノクスはもちろん、剣術の成績以外はいまいちだったが寮生から絶大な人気があったリカルドも4年生になって初めて第五寮の監督生に選ばれた。    最上級生の監督生ともなると、自分の学年だけでなく、各学年の監督生と連携を取って寮生全体の生活の監督や、トラブルの処理、個々の相談に乗ったりなど仕事は多岐にわたり、それに卒業試験の準備も重なり、他の事を考える暇などないくらい多忙な毎日を過ごしていた。  ノクスはベルナールと同じ立場になってみて改めてベルナールの有能さに感服した。同じ業務をしていたはずなのに夜の自由時間にはノクスとのんびりとチェスをする時間を作っていたのだ。自分など、自由時間をすべて使っても足りないくらいだというのに。もっと効率よく時間を使えるようにならなければとノクスは反省した。    各寮は寮生たちで自治運営されており、トップである最上級生の監督生で寮の雰囲気が変わるのは毎年の事だった。  ノクスの第一寮はみなきっちり身なりを整え、時間にも正確で成績優秀者も多く、他の寮の模範となっていた。  一方リカルドの第五寮は良く言えば寛大な、悪く言えば大雑把なリカルドの性格を反映したようなやんちゃな寮生が多く、お祭り好きで寮生の団結力は強いという印象だ。  優等生の第一寮と、問題児たちの第五寮。元々貴族出身と庶民出身で仲の悪かった2つの寮の溝はさらに深まっていた。    そんな夏のある日、騎士団の関係者やOB、保護者を招いて日ごろの訓練の成果を見せるという年に一度のオープンデーが開催された。  馬上試合や、寮対抗の模擬集団戦など、様々な催しものがあり、ちょっとした屋台なども出店され年内行事でも一番盛り上がるお祭りだ。騎士団関係者にとって有能な生徒を将来自分の騎士団にスカウトするための下見にもなっていた。  そんなこともあり、生徒たちは少しでも自分をアピールできるようオープンデーに向けて気合を入れていた。  ノクスの元にもベルナールからジークフリードと二人で見学に来るという手紙が届き、久しぶりに会う敬愛するファグマスターを失望させないようにと準備に張り切っていた。    オープンデーの運営、準備も生徒たちに任されており、各寮の監督生たちは集まって、実行委員会を組織してタイムスケジュールの作成や、どの寮が何を担当するかなどを話し合った。  実行委員長はノクスが担当することになり、委員長としてそれぞれの寮に、試合会場の整備や使用する備品の用意、来賓の案内、試合後の交流会の準備などを手際よく割り振っていった。  そしてオープンデー当日。  ノクスはここ数日準備で忙しく寝不足で、猛暑の暑さもあり朝から体調が優れなかった。  そこに馬上試合の担当していた委員から試合で使う槍が足りないとの連絡があり、そのフォローに駆け回っていた。誰かに頼むこともできたが、他の者は信用できない。自分でやった方が効率的だと思い、ノクスは校内を駆けずり回った。倉庫で訓練用の古い槍を見つけ、それを運ぶ途中ノクスは嫌な予感がした。   (あ、まずい……)    そう思った時には目が回り視界が暗転していた。  次に来るのは硬い地面の感覚と痛みだろうと遠のく意識の中覚悟したが、その痛みは来ることがなかった。    次に目が覚めたのは柔らかいベットの上だった。天井からするに自分の寮の部屋ではない。周りを見渡してここが学校の一角にある医務室であることが分かった。  どのくらい寝ていたのだろうと慌て起き上がると眩暈と頭痛がする。  頭を押さえていると頭の上から声がした。   「おいおい、まだ起きねえほうがいいぞ。お前ぶっ倒れたんだから」  頭の痛みを我慢しつつ見上げると、大男が心配そうな顔で覗き込んでくる。 「リカルド………」 「もうちょっと寝とけって」    肩を押して無理やりノクスをベットに寝かせる。  抵抗する力も出ず、なされるがままにノクスは再び仰向けになった。 「今何時だ?」 「ん?今は14時だ」 「!馬上試合が始まってるではないか……!大変だ……」  慌てて起き上がろうとすると再びリカルドに体を押さえつけられる。 「大丈夫だ。お前が持ってた槍は他の奴らに持っていくよう言ったし、仕切りは第一寮の副委員長がやってるから、気にせず寝てろ」 「しかし、あれは私が指示を出す予定だったから、段取りなど分かるはず……」 「お前、全部のタイムスケジュールと工程を書いたノートを持っていただろ?こーんな分厚いの」  リカルドが大げさに辞書くらいの幅に手を広げる。  自分の確認用にまとめたノートを持っていたが、あくまで自分用だったので他人が見て分かるようには書いておらず、ノクスの頭に不安がよぎる。 「あれ渡しといたから、後は上手くやるだろ」 「そんな、無責任な……」 「大丈夫だって。皆子供じゃないんだ。指揮官が居ないなら居ないなりに考えてやるさ。もう少し自分の仲間を信用してやれよ」 「最悪だ……本番当日に指揮官が使い物にならないなんて……不甲斐なさすぎる……」  すぐに現場に向かいたい気持ちはあるのに体が動かない。  ノクスに起き上がる体力がないのが分かると、リカルドは近くにあった桶の水に布を浸して、それを絞るとノクスの額に乗せる。  布の冷たさが火照った額に気持ちがいい。打ちひしがれたノクスの心が少し落ち着く。   「お前、何でも一人で抱え込みすぎなんだよ。もっと仲間を頼ってもいいんじゃね?」  「……だが、他の者にやらせるより自分でやった方が速いし確実だ」 「そりゃお前が優秀なのは知ってるけどさ……、お前は一人しかいないんだぞ。将来指揮官になるならもっと周りを上手く使わねえと」  一番痛い所を突かれて、ノクスは言葉に詰まる。  指揮官として自分が一番欠けている所だと自覚していた。 「……しかし、他人はあてにならん」 「そりゃみんなお前にはかなわねえと思うけど、それぞれ何か得意なことがあるはずだろ?適材適所ってやつ?それをちゃんと割り振ってやりゃ案外上手くいくんじゃねえか?」 「得意な事……得意な事か………そう言えば他の者たちが何が得意なのか、何も知らないな」 「お前はさ、もっと周りとコミュニケーションをとった方がいいぞ。まあ、なまじ優秀過ぎるから全部自分でやっちゃうんだろうけど。俺なんか剣以外なーんも出来ねえから、皆に頼りっぱなし」    それが悪い事ではないと言うようにあっけらかんとリカルドが笑う。  指揮官としては自分よりもリカルドの方が優れている。それを痛感してノクスは更に落ち込んだ。    「そうだな……私は指揮官失格だ……」    一人で空回りして倒れるなんて情けないにもほどがある。  しかも一番幻滅されたくない相手に助けられるとは。  どんどん自分が情けなくなってきて、うつむき唇を噛み締める。  するとリカルドが大きな手でノクスの目元を覆う。   「お前が今まですげえ頑張ってたのは、委員の皆分かってるし、感謝してるよ。だけど一人でできることなんて限界があるんだからさ。もう少し力抜いてもいいんじゃね?」 「うるさい、お前に言われなくても分かっている……」    リカルドのいう事が正論すぎてノクスは悔しくてつい棘のある言い方になってしまう。 「でも、そういうお前の頑張り屋な所、俺はすげえなって思うよ。たぶん、他の第一寮の奴らも同じだと思う。じゃねえと、俺がノクスの仕事のフォローを頼んだ時にすんなり聞かないと思うしな。随分心配してたぜ。お前皆に好かれてるんだな」  手の温もりとリカルドの優しい言葉が胸に届いたかのようにノクスの胸がじんわりと暖かくなってくる。  思わず涙が出そうになるが、リカルドの手が乗っているのでノクスはぐっと我慢した。  自覚はしていなかったが、心も体もかなり疲れていたようだ。 「後は、他の奴らが何とかしてくれると思うから、今はゆっくり休め」  リカルドはノクスの目元からそっと手を離すと、優しい笑顔で微笑む。  その顔にノクスの胸はドキッとときめき、顔が熱くなる。今なら多少顔が赤くても熱があると誤魔化せそうだ。  もう少し触れていてもらいたかったと心の隅で残念に思いつつ、いつものクールな口調でノクスが口を開く。   「……そういわれても気になって眠れん……」 「そうか……じゃあ、なんか、俺にできることあるか?俺の仕事は大体終わってるから手伝うぜ」 「そうだな、ではまず、今の馬上試合の状況を確認してきてくれ。ここから私が指示を出す」 「え?俺使い走り?」 「今手伝うって言っただろ?」 「はいはい。じゃあちょっと行ってくるから、絶対ベッドから起きるなよ!」  そう念を押すとリカルドは医務室から駆けだそうとする。   「待て」   その背中にノクスの声がかかり、リカルドが足を止め振り返る。   「ん?どうした」 「大切なことを言い忘れていた……。ありがとう、リカルド」 「お、素直だな。いえいえ。こういうのはお互いさまだろ。今度、俺が困ってた時は頼むぜ!」  にかっと笑ってリカルドは手を振って医務室を出ていく。  はあ、と息を吐くとノクスは再び見慣れない天井を見つめる。  忘れようとするとひょっこり出て来て自分を惑わせる。なんて嫌な男なんだ。  男の笑顔を思い出しながらノクスは束の間の眠りについた。
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