8話

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8話

 伝書鳩も顔負けのリカルドの往復により、無事馬上試合は終わり、寮対抗による集団模擬戦も大盛り上がりの内に幕を閉じた。  夕方になり涼しくなるとノクスもだいぶ回復して動けるようになった。  リカルドに付き添われて、夜の交流会会場に姿を見せると心配そうな顔をした第一寮生たちに囲まれ、大丈夫かと声を掛けられる。ノクスがそれに答えているといつの間にかリカルドは姿を消していた。  大きな借りができてしまったな。とノクスはリカルドに感謝した。 「そういえば模擬戦はどこが勝ったんだ?」  ノクスが尋ねると、興奮気味に寮生の一人が答える。   「ああ、うちの大勝利だよ!第五寮の奴ら、なんか指揮官が急に変わったとかでグダグダでさ」 「そうなのか……?それってもしかして……」 「ああ、本当はノアがやる予定だったらしいんだが、急に変更があったみたいで。代理の奴は全然ダメでさ。楽勝だったよ」  ノクスは今回、運営に集中する為、元から試合は欠場予定だったが、リカルドはそうではなかったらしい。  本当に大きな借りを作ってしまった……。ノクスは再びリカルドに心から感謝した。    交流会には騎士団の関係者や、OB、生徒の保護者たちなどで賑わい、騎士団関係者は将来有望な生徒を自分の騎士団に勧誘すべく、馬上試合や模擬戦で活躍した生徒へのアプローチに余念がない。  にぎわう人混みの中、一際目立つ人物がノクスを目指してやってくる。 「やあ、ノクス、久しぶりだな。途中から姿を見なかったからどうしたのかと思っていたぞ」    上品な赤いウェストコートに身を包んだベルナールがノクスに声をかける。  卒業してから1年もたっていなかったが社会に出たベルナールは更に大人びて見えた。  その隣にいるジークフリードも相変わらずの無表情だったが黒いロングコートに身を包み、精悍さが増したように見える。ノクスを見ると軽く頷く。   「久しぶりだな。ヴァレンシュタイン」 「お久しぶりです、ベルナール様、ラインバッハ様。お元気そうで何よりです」  ノクスが丁寧にお辞儀をすると、ベルナールがノクスの顔をジロジロと凝視する。   「お前は少し顔色が悪いな。居なかったのはそのせいか?」 「お恥ずかしい限りです。体調管理も仕事の内ですのに」 「だが、つつがなく催し物は終わっているし、その状況ならば良くやった方なのではないか?」 「ありがとうございます。しかしそのお言葉は是非私以外の実行委員にかけてやってください」 「ふっ、相変わらず真面目だな」 「ベルナール様は、新しい生活はいかがですか?」  話をそらすようにノクスがベルナールに尋ねる。  ベルナールは士官学校を卒業してから騎士団には入団せずに本格的に政治の世界に入った。  さすがに国の跡継ぎを戦場の前線に出すことは許してもらえず、士官学校の4年間はベルナールにとっての最後のモラトリアムであったのかもしれない。  ジークフリードは士官候補生として第一騎士団に配属されたと聞いている。   「ああ、まずは放置されてる地方自治の見直しからやっているが、やることが山積みで寝ている暇もない。それに、西の方もきな臭くなってきている。近々どこかの騎士団に出兵命令が下るかもしれんな」  そう言ってベルナールは真面目な顔になるとチラリとジークフリードを見る。  友に出兵命令が出ないかと懸念しているのだろう。  ジークフリードは相変わらずの無表情でどんな気持ちなのかは分からなかったが、やはり学生の頃にはない緊張感をノクスは感じた。  自分も数か月後には同じ立場になるのだと思うと、覚悟はしているとはいえ、ノクスにも緊張が走る。  そんな様子を見てベルナールは雰囲気を変えようと明るい表情で口を開く。 「ああ、学校のヘッドボーイを独占してはダメだな。今日は久しぶりに会えてよかった。たまには私のところへ遊びに来いよ」 「ただの学生が、そんな気軽に城へは行けませんよ」  ノクスが苦笑いすると、ベルナールはふっと微笑み、ノクスの肩を叩くと学校関係者のところに挨拶に向かう。ジークフリードもすぐ追いかけるかと思って見ていると改まった表情でノクスに向かって口を開く。 「もし私が出兵したら、ベルナール様を頼むぞ、ヴァレンシュタイン」  そう言うとベルナールの向かった方へ歩いていく。ノクスはその背中を憂わしげに見送った。  その後、ヘッドボーイとして他の来賓たちに挨拶を済ませると、体調もまだ本調子ではなかったノクスは休憩するために会場を出た。この時間であれば人がいないだろうと思って中庭に向かう。    月明かりだけの薄暗い中庭に着くとそこには予想外に先客が居た。噴水の縁に座る二つの人影が目に入る。影の大きさからして男女カップルのようだ。  邪魔するは無粋だなとUターンしようとすると向こう側にいた男がノクスに気づいたようで「あっ」と声を上げる。  背を向けていた女性もその声に振り向くと、ノクスと目が合い顔を真っ赤にしてドレスの裾を翻して走り去っていく。  残された二人の間に気まずい空気が流れる。このまま無視して立ち去ろうとノクスが踵を返すと男から声を掛けられる。 「ノクス?」  聞き覚えのあるバリトンにノクスは近づき、その顔を確認すると顔をしかめる。 「オープンデーとは言え、学内で女性といちゃつくとはいい度胸だな。リカルド」 「いや、あの人が気分が悪いっていうからさ。涼しいここに連れてきたんだけど、急に迫られてちょっと困ってたんだ。助かった」 「ふん、どうだか。鼻の下でも伸ばしてたんだろ」  ノクスの声がつい尖ってしまう。  リカルドは本当に困っていたようで慌てて手を振って否定する。 「いやいや、ホントだって……それより、お前もう大丈夫なのか?」 「ああ、もうだいぶ体調は戻ってきたが、元々騒がしいのは苦手だ。来賓への挨拶は済んだから、ちょっと休憩しに来たんだが、邪魔して悪かったな」 「だからなんもないって……さっき会ったばっかの人だし。どこかの貴族のお嬢様?とか言ってたけど……」 「ふん、逃がした獲物は大きかったんじゃないのか?」 「おいおい、俺だって恋人を選ぶ権利くらいある。本当にいいなと思った子としか付き合わねえよ」 「ふーん、まあ、お前がどんな女性を選ぶかなんて私には関係ないがな」 「休憩しに来たんだろ。いつまでも立ってないで座れよ」  冷たく言い放つノクスにリカルドが隣の空いたスペースを叩くので、ノクスはしょうがなくそこに腰を下ろす。 「今日はお疲れ様。いろいろ大変だったな」 「いや、大変だったのお前だろう?悪かったな。私の手伝いをさせたせいで、模擬戦、出れなかったんだろう?」 「ああ~、まあ俺一人が欠けたくらいじゃそんなに変わらねえし。それよりもあの時はお前の手伝いをする方が大事だって思ったんだから、お前が気にする必要ねえよ」 「でも、折角騎士団の関係者にアピールするチャンスだったのに……」 「それはお前も一緒だろ?お前の親御さんとかも見に来てたんじゃないか?」 「……いや、私の身内は誰も来ていない……」 「そうなのか、意外だな。お前、結構いいところの貴族の出なんだろ?」 「ああ、でも次男だしな。出て行った次男には興味がないという事だろう」  実はオープンデーの知らせの手紙は出していなかった。手紙を出して、来なかった時落胆するくらいなら、知らせない方がましだった。 「そっか……それはちょっと寂しいな。てっきり親に言われて士官学校に入ったのかと思ってた」 「自分の意思だ。あのまま家に居ても何処かの貴族の婿養子に出されるだけだろうしな。自分の人生くらい自分で決めたい」 「へー、そうだったのか。それで首席になるの、ホントすごいな」  手放して褒められて少し恥ずかしくなったノクスはリカルドに話を振る。 「お前はどうなんだ?なぜ士官学校に入った?なぜ騎士になりたい?」 「ん?俺?そうだな……」  リカルドは少し改まってから口を開く。   「俺は子供のころの母親が死んで、その後は元々母親が務めていた貴族の屋敷で下働きしてたんだ。でもどうしても見返したい奴がいてな。それに俺も、下働きで人生終わらせたくないって思ったんだ。そこで士官学校の奨学生の話を聞いて。一か八か猛勉強して何とか合格できたんだ」 「そうなのか……仕事をしながら勉強するのは大変だっただろう?」 「うーん、まあ、大変といえば大変だったけど、他の使用人仲間たちも助けてくれたし、勉強を教えてくれる人もいたしな。俺は周りの人に恵まれてるよ」  自分の境遇を考えればけして恵まれているとは言えないのに、ポジティブで強いやつだなとノクスは感心する。 「それに、一度しかない人生、どうせならでかいことやりたいだろ?騎士になれば庶民出身の俺でも何かできるんじゃないかって思ってさ」 「ほう、結構でかく出たな。座学の成績は下から数えた方が早いくせに」 「夢はでっかくだろ?」 「ふ、そうだな。目標が低いやつには何も成し遂げられん」  二人は笑い合うとふとリカルドが空に浮かぶ月を眺める。   「オープンデーが終わったら、次はいよいよ卒業試験だな」 「そうだな」 「今日アピールできなかったから、どの騎士団に行くかは分かんねえけどさ」  しみじみと言うとリカルドが真剣な表情でノクスをじっと見つめてくる。 「お前、死ぬなよな」 「……当たり前だ。お前こそ、戦場でもお節介ばかりしていると一番に命を落とすぞ。十分気を付けるんだな」 「ひでえ!今日頑張ったんだし、もう少し優しくしてくれたっていいじゃん!」  そのむくれた顔が子供っぽくてノクスは少し笑う。  久しぶりに見るノクスの笑顔にリカルドの胸がドキリとときめく。  月明かりに照らされた金髪がキラキラと輝いていてリカルドはノクスから目が離せなくなる。 「それにしてもさ……」 「ん?なんだ?」 「前々から思ってたけど、お前の髪、綺麗だよな」 「は……はあ?な、何言って……突然……」  あまりの突然さにノクスは動揺し、頬に赤みが差す。 「なんか、月明かりでキラキラしてて、すげえ綺麗……」  リカルドがノクスの横髪を一房手に取る。 「それに目も、宝石みたいな色だな」  じっと目を覗き込まれて、ノクスの顔が真っ赤に染まり、胸が早鐘を打ち、呼吸が苦しくなる。    (な、なんなんだ一体…)  さらにその奥を覗き込もうとリカルドが顔を寄せる。  キスされる……!とノクスが目をつぶった瞬間 「おーい!リカルド!何やってんだ!」  向こうからリカルドとよく一緒に行動している名前も覚えていない地味な黒髪の男が声をかけてくる。 「騎士団の人がお前と話したいって探してたぞー!」 「ああ、悪い、すぐ行く」  そう大声で答えるとリカルドはノクスの髪をするりと離して立ち上がる。 「じゃあ、またな」  そういってリカルドはノクスの頭をくしゃりとなでると友人の元に駆けていく。 「なんなんだ、あの男は……一体」  真っ赤になった顔を抑えてノクスがつぶやく。熱くなった頬に夜風が気持ちよかった。      秋を迎え、寒さが増してくるとともに卒業試験に向けて4年生の中に緊張感が漂う。クリスマス休暇もノクスとリカルドの他、多くの四年生が寮に残り最後の追い込みと勉強に励んだ。  そして2月、ノクスは首席でリカルドは何とか奨学生の成績をキープして卒業を迎えた。    卒業後、1年間は士官候補生として5つの騎士団にそれぞれ配属され、その期間を無事終了すれば少尉として50人ほどの小隊を任されることになる。  卒業してリカルドの近くにいなければ、きっとこの気持ちを忘れられる。そう思うとノクスは寂しさも感じながらもそれ以上に安堵していた。  だがーーーー  入隊初日の穏やかな春の日。  真新しい騎士団制服に身を包んだノクスは新たな気持ちで第四騎士団宿舎の割り当てられた二人部屋に向かった。今まで一人部屋だったので誰かと同室は初めてだった。1,2年の我慢とはいえ、せめてうるさくない相手がいいなと期待しつつ部屋のドアを開ける。   「お、ノクスじゃねえか。お前も第四騎士団だったんだな」 「………………」    そこには忘れたい男、リカルドが騎士団の制服姿で嬉しそうに笑顔を浮かべていた。  驚きすぎて言葉が出ないノクスにリカルドが慌てだす。   「え?もしかして俺の事覚えてない?」 「……馬鹿にするな。私は記憶力は悪くない」 「あ、よかった。覚えられてた」 「まさか、お前も第四騎士団だったとは……」 「これからはルームメイトだな。改めてよろしく」  そういって笑顔でノクスに向かって手を差し出す。  やっと忘れられると思ったのに……。  ノクスは絶望を感じながらその手を取った。
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