1. 花婿の逃亡

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 心の中で『ごめんね』と繰り返していると、壇上で状況を見守っていた神父からおろおろと声をかけられた。 「あ、あの……とりあえずご新婦様は、退場され……ますか?」 「あ……」  そうだ。両親への謝罪やゲストへの説明、披露宴のこともあるが、そもそも今は挙式の真っ最中である。花婿が不在となった今、七海が今この場で執り行われている挙式の続きをどうするか、一人きりで決断しなければならない。  みじめだな、と心の中で自嘲する。  美しいエンパイアラインのドレスに身を包み、この日のために頭の先から爪の先まで綺麗に整え、厳かなチャペルの中で盛大な式を挙げようとしても、花婿がいなければ結婚は成り立たない。永遠の愛など、一人ではどうやっても誓えない。  しかし決断もなにも、選択肢なんてひとつしかない。やることは全部決まっている。この場に集まってくれた親族や親しい友人に誠心誠意謝罪し、今夜の挙式と披露宴、そして二人の未来に先がないことを宣言してすべてを終わらせる。ただ、それだけのことだ。  父のエスコートで入場して、一人で退場する花嫁なんていい笑い者だな……と思いながらバージンロードの終着点で正面を向く。  そのまま謝罪の言葉を述べて頭を下げようと息を吸い込んだ瞬間、またも意外な言葉がチャペルの中に響いた。 「待ってくれ」  今度は、男性の声だった。
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