11015人が本棚に入れています
本棚に追加
「社長、今は業務時間中ですと何度も――……」
呆れたように振り返ろうとした七海だったが、振り返ることは出来なかった。気がつくとすぐ後ろに立っていた将斗に身体を抱きしめられ、顔を覗き込まれている。
「翔に聞かせてやれなかったぶん、七海本人に聞いてもらおうか」
「な……何をですか……?」
「俺が七海のどこを好きかとか、どれだけ惚れてるかとか、どういう仕草が好きかとか、そういうの」
「もう誰もおりません。演技の必要はないですよ」
将斗の声がやけに嬉しそうに弾んでいる。翔に負けず劣らず楽しそうにクスクス笑う声が、七海の耳朶をそっと掠める。その刺激にビクッと身体が跳ねる。
けれど身体を抱きしめる力は案外ゆるい。七海に逃げる余地を残してくれるということは、やはり本気ではないのだろう。
「……逃げられた」
「当然です」
将斗の腕を振りほどいて素早く距離を取ると、そのまま応接テーブルに駆け寄って使用した湯飲みをお盆に乗せていく。急な密着で心臓の音がどきどきと高鳴っているが、これは将斗に驚かされたからだ。
決して緊張しているとか、意識しているとかではなく。
将斗の冗談をかわすように、ふと思いついた『対処法』を口にする。もし誰かに七海の話をしたいのなら、誰にも影響のないところに一人で喋ってみるのはどうだろうか。
「どうしてもとおっしゃるのならスマートスピーカーにでも語ってください。最近のAIアシスタント搭載家電は、お返事もしてくれるらしいですよ?」
「……。……そんなもので俺の恋が成就するなら、俺は今頃、父親になれてるだろうな」
「……?」
将斗が少し淋しそうに独り言を零す。
彼の言葉がどういう意味を持っているのか、七海にはよくわからなかった。
最初のコメントを投稿しよう!