1. 偽装甘々生活

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「社長、今は業務時間中ですと何度も――……」  呆れたように振り返ろうとした七海だったが、振り返ることは出来なかった。気がつくとすぐ後ろに立っていた将斗に身体を抱きしめられ、顔を覗き込まれている。 「翔に聞かせてやれなかったぶん、七海本人に聞いてもらおうか」 「な……何をですか……?」 「俺が七海のどこを好きかとか、どれだけ惚れてるかとか、どういう仕草が好きかとか、そういうの」 「もう誰もおりません。演技の必要はないですよ」  将斗の声がやけに嬉しそうに弾んでいる。翔に負けず劣らず楽しそうにクスクス笑う声が、七海の耳朶をそっと掠める。その刺激にビクッと身体が跳ねる。  けれど身体を抱きしめる力は案外ゆるい。七海に逃げる余地を残してくれるということは、やはり本気ではないのだろう。 「……逃げられた」 「当然です」  将斗の腕を振りほどいて素早く距離を取ると、そのまま応接テーブルに駆け寄って使用した湯飲みをお盆に乗せていく。急な密着で心臓の音がどきどきと高鳴っているが、これは将斗に驚かされたからだ。  決して緊張しているとか、意識しているとかではなく。  将斗の冗談をかわすように、ふと思いついた『対処法』を口にする。もし誰かに七海の話をしたいのなら、誰にも影響のないところに一人で喋ってみるのはどうだろうか。 「どうしてもとおっしゃるのならスマートスピーカーにでも語ってください。最近のAIアシスタント搭載家電は、お返事もしてくれるらしいですよ?」 「……。……そんなもので俺の恋が成就するなら、俺は今頃、父親になれてるだろうな」 「……?」  将斗が少し淋しそうに独り言を零す。  彼の言葉がどういう意味を持っているのか、七海にはよくわからなかった。
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