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また何か言われるのかとビクビクする七海だったが、おそるおそる振り返ってみると、慎介は腰を九十度以上折り曲げて七海に頭を下げていた。
「本当にごめん。今までありがとう。七海にも、幸せになってほしいと思う」
たった一つの動作とたった三つの言葉だった。だが深く頭を下げた慎介の行動が、苦しい呪縛からいつか七海を解放する兆しのように思えた。
もちろんすべての出来事をすぐに忘れることはできないだろう。二か月の時間をかけてもう忘れたと思っていたのに、慎介の言葉で七海はあの時の痛みを一瞬で思い出した。逃げることも拒否することもできないほどの衝撃を受け、その場を立ち去ることさえできなくなった。それぐらい、見えない傷は根が深かった。
それでもいつかはちゃんと立ち直れる気がする。七海がそう思うのは、慎介がこうして謝罪して頭を下げてくれたからかもしれない。
「慎す……」
「返事なんてしてやらなくていいぞ、七海」
七海も言葉をかけようとしたが、将斗の大きな手に顎の先を掴まれてぐいっと顔の方向を変えられた。もちろん声も出せないままである。
最後の言葉も与えてやらない。――たった一言すら恵んでやる必要はないと言わんばかりの将斗の態度に、七海はひとり絶句する。
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