3. 威嚇と慰め

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 事の次第を遠巻きに眺めていた人々の視線から遠ざかり、退社のためにエントランスの入り口に向かう社員の流れを逆行する。「社長、お疲れさまです」と声をかけてくる社員に「おう、お疲れさん」と返している将斗に付き従い、退社する社員を排出し終えていたエレベーターに颯爽と滑り込む。  一旦社長室に戻ってすでにコートを脱いだ将斗と、なぜかトレンチコートを着ている七海の組み合わせに、すれ違う社員たちは少し不思議そうな顔をしていた。  その視線を適当に受け流していた将斗だったが、行き先階ボタンを押して扉を閉めた瞬間、急に七海を抱きしめてきた。  今度は先ほどとは違う。強さはあるけれど丁寧に、七海をなによりも大切な存在のように扱う、ひたすらに優しい抱擁。 「一人にしてごめんな、七海」  将斗がぽつりと発した言葉に、シャットダウンしていた感情が突然活動を再開する。停止していた心がゆっくりと動き出して、とけて、ほぐれて、崩れていく。 「我慢しなくていい、好きなだけ泣け。俺の胸ならいくらでも貸してやる」 「……っ」  将斗の優しい声が最後まで紡がれる前に、視界がじわりと強く滲む。  職場で泣いてしまうなんてみっともないから嫌だったのに、絶対に泣くまいとすべての感情に蓋をして耐えていたのに。  大きな手のひらに背中をぽんぽんと撫でられる。それと同時に、将斗の白いシャツとダークグレーのスーツの境界線がゆらゆらと歪み始めた。
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