1. 花婿の逃亡

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1. 花婿の逃亡

 ステンドグラスから降り注ぐ夕暮れ刻の陽光が、蜜色に揺れて煌めている。チャペルの中央に伸びるバージンロードの両サイドには白薔薇が添えられ、間を繋ぐシルクのドレープが美しい流線を描いている。  荘厳な光景にほう、とため息をひとつ落とした柏木(かしわぎ)七海(ななみ)は、父・稔郎(としろう)の腕を離れると、赤い絨毯の向こうに佇んでいた佐久(さく)慎介(しんすけ)の手に白いグローブを嵌めた指先を乗せた。  花婿である慎介は七海より三歳年上の三十歳で、同じ会社に勤める先輩でもある。部署は違うが社内の親睦会で意気投合し、二人きりで会うようになって三回目のデートで告白され、その半年後にプロポーズされた。天然パーマの髪を明るく染めていることと元々童顔であることから若く見られがちな慎介だが、こうして白いタキシードに身を包むと洗練された凛々しさを感じる。ただし、しっかりと緊張はしているようだ。  そう――七海も稔郎も慎介も、全員が緊張している。厳かな儀式ならではの張りつめた空気を、今日のために丹念に磨いてきた肌で直に感じとる。  だがどんなに緊張していても、神父の宣言により式が始まればあとは流れに従うしかない。二人の元を離れた稔郎が親族席の一番手前に移動すると、チャペルの中に祝福の鐘の音が響き渡った。けれど。 (ぜんぜん、実感湧かないな……)
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