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七海には見覚えのない女性だ。新郎側のゲスト席に座っているということは、慎介の友人なのだろうか。招待客のリストは数回チェックしてうっすら把握しているものの、まさか挙式の最中に大声を出して進行を中断させるような人がいるとは思ってもいなかったので、素直に驚く。
一瞬、急な体調不良に陥って助けを求めている可能性が頭を過った。だがその女性に苦しさや辛さを訴える様子はない。
「愛華ちゃん……」
「まなかちゃん?」
ならば一体どういうつもりで……と首を傾げる七海の目の前で、慎介が動揺を隠しきれないといった様子で苦しげな声を絞り出した。
夫がなにかを呟いたので表情を確認するために振り返ろうとしたが、その直後に立ち上がった例の女性――愛華と呼ばれた女性がわぁっと泣き崩れた。
「わたし……私っ! やっぱり慎介さんが他の人と結婚するの、耐えられない……!」
「えっ……?」
愛華が発した衝撃的な台詞に思わず声がひっくり返る。どういうこと? と慎介に問いかけようと思ったが、その前に両手で自分の顔を覆った愛華がくすんくすんと嗚咽を漏らし始めた。かなりの距離があるのに彼女の声がこちらまでしっかりと届くのは、七海を含めたその場の全員が唖然と言葉を失っているせいで、チャペル内が完全な静寂状態にあるからだろう。
「わたし、慎介さんがいなきゃっ……生きていけないのに……っ」
しん、と静かな空間の中に愛華の冗談としか思えない訴えが響く。
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