1. 花婿の逃亡

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 震える身体に力を込め、七海に背を向けて愛華の元へ駆け寄ろうとする慎介を呼び止める。今は大事な挙式の真っ最中なのだ。この状況で七海を一人残して、彼はどこへ行くつもりなのか。  七海の呼びかけに一応は足を止めてくれる慎介だが、こちらを見てはくれない。彼にはもう愛華しか映っていないらしい。  それでも必死に頭を働かせる。七海だって、黙って慎介を見送るわけにはいかないのだ。 「私たち結婚式は今日だけど、もう夫婦なのに……」  一応、言葉は選んだ。二週間ほど前に婚姻届を提出した七海と慎介はすでに夫婦となっているのだから、オブラートに包まず表現すれば、彼が七海以外の女性を選ぶことは〝不倫〟と同義である。  だがこの結婚という祝福に満ちた場面で、そんな不吉なワードは間違っても口にしたくない。それが温かな家庭を築いていく最初の一歩となるこの場所で発していい言葉じゃないことぐらい、気が動転している七海にだって判断できる。  しかし表現を選んでぎりぎり修正可能な道を模索する七海と異なり、慎介が発した言葉はひたすらに無情だった。 「夫婦じゃない」  ぽつりと呟いた言葉で、七海の動きが再び停止する。ざわざわとどよめいて事態を見守っていた周りの空気も、一瞬フッと静寂に包まれる。 「実は……婚姻届、まだ出してないんだ」 「え……ええっ……!?」 「決心がつかなくて……。だから俺が覚悟できたら、その時に出せばいいかな、って」 「いやいや、何言って……!」
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