1. 花婿の逃亡

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 あまりにも自分勝手な判断に、急激な目眩と頭痛に襲われる。胃まで痛くなってくる。 (良いわけないでしょ! それ結婚記念日変わっちゃうじゃない!)  二人で話し合い、ちょうど一年前に恋人として付き合い始めた十二月十二日を結婚記念日にしようと決めていた。だがその日は平日で、仕事で忙しい七海が役所の受付時間内に窓口へ向かうことはどう考えても不可能だった。昨今はオンラインや時間外でも受け付けてくれるらしいが、別件で役所近くに用事があるから直接出しに行ってくるという慎介に任せていたのだが……まさかまだ婚姻届けを提出していなかったなんて。  確かに慎介は不思議な印象を受ける人だ。物静かで口数もそれほど多くなく、いつもミステリアスな雰囲気を纏っていて……その独特の空気感が彼の魅力のひとつだと思っていた。  とはいえ特別に根が暗いというわけではなく、仕事はできて性格も優しいし、家事も率先してやってくれる。  総務部総務課システム係の長というポストに就いていることもあり、同じ会社に勤める総務部長である七海の父・柏木稔郎も、彼の穏やかな性格と的確な仕事ぶりに一目置いていた。だからこそ頭の固い父も結婚を認めてくれたというのに、まさかこんな状況に陥るなんて。  まさか慎介が七海以外の女性とも繋がっていて、この大事な場面で七海の手を離して別の女性の手を取ろうとするなんて。 「ごめん、七海」 「いや、あのね、ごめんじゃなくて……」
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