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七海と慎介は職場内恋愛だった。部署は違ったし親睦会で話をするまで接点もなかったが、以前から父である稔郎は慎介を優秀な人材だと褒めていた。
そう、慎介が欲していたのは七海の愛情ではなかった。彼が本当に望んでいたのは、彼の上司である七海の父・稔郎の関心だったのだ。
もちろん仕事に真面目で公明正大な父は、娘婿をえこ贔屓することはない。だが慎介は上司の娘である七海に、その価値を見出していたのだろう。
(私は、慎介さんの本命じゃなかった)
そう思うとこれまでは微かな違和感だった疑問が、不思議と胸の奥に馴染んでいく。腑に落ちる、というのはきっとこういう感覚だろう。
優しく微笑むだけで穏やかな態度を崩さず、仕事が忙しく中々デートに行けないことに不満も言わず、先月から一緒に住み始めたというのに家事を手伝えない状況にも文句を言わない。慎介だってそれなりに忙しいはずなのに、常に七海の都合を優先してくれる。奇妙なほどに優しかった理由に、妙に納得してしまう。
七海は愛されていなかった。出世の足がかりにさえなれれば、結婚相手は誰でもよかった。彼が本当に愛していたのは愛華というあの女性だった。あるいは七海を愛せなかったゆえに、可愛らしい彼女に気持ちが移ったのかもしれない。
正解はわからない。
しかし今は、それどころではない。
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