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「ねえ、カンタくん。今度、私のお家に遊びにおいでよ」
彼は少し考えたあと“そうだね”と少し困ったように笑った。
もしかして、お家で遊ぶのが好きじゃないのかな。
ふとそんなことを思ったけれど、何となく聞きたくなくて私は知らないふりをした。もしこのとき私が知らないふりをしていなければ、こんなことにはならなかったのかもしれない。そしたら彼と、今よりは長く一緒にいられたのかもしれない。
もっと仲良くなりたくて、もっとたくさん遊びたくて、だから勇気を出して誘ってみた。あの頃本当に毎日が楽しくて、彼に会えるのが嬉しくて仕方がなかった。そんな浮かれた私にある日、お母さんは嬉しそうに尋ねた。
“あのね、夏休みに入ってから新しい友だちができたの”そう話したら、すごく喜んでくれた。“今度お家に連れておいで”って、そう言ってくれた。だからきっとカンタくんも喜んでくれるんじゃないかって、そう思っていたの。
でもやっぱり家へ来る当日もカンタくんはどこか遠くて、ぼんやりとしていた。
家に来るのが嫌なの? って、そう一言聞いてあげれば良かった。
暗くなる顔にどうしたの? って、一言声をかけてあげれば良かった。
だけど、幼かった私はそんな気遣いすらできなくて、悲しいモヤモヤを抱えたまま家のインターホンを鳴らした。カンタくんは私の少し離れたところで立っていて、その表情は今にも泣き出しそうだった。
その姿を見て、私は彼が二つ年下の幼稚園児だったことを今さらながら思い出していた。
「あら、カンナ。お友だち連れてきたの?」
「あ……うん」
そう言って彼の方を見た。彼は開いたドアの向こう側で隠れるようにして俯いていた。
「――この子なの」
そう言って私は震えるその手を無理やり引いた。
「前話していた、私のお友だち」
だけど、お母さんは固まったまま動かない。
「お母さん、どうしたの? そんな怖い顔して……」
「――どうしたのって、カンナ……そこにはあなた一人しかいないわよ」
え……? どういうこと?
私一人って……。
だって今私の隣にいるのは――……。
私の手を通り抜けて消えゆくその背中に私は呼びかけた。
「カンタくん!!」
だけど、私が彼のあとを追いかけられなかったのはお母さんが私を掴んでいたから。その手は信じられないほど冷たかった。
「カンナ……いまなんて言ったの?」
「え、なに? お母さん、手……痛いよ」
「いいから……いいから、答えなさい! あなた今、なんて言ったの?」
こんな取り乱すお母さんは初めてだった。怖かった。だって、なにがなんだかわからない。
カンタくんは突然逃げ出してしまうし、目の前のお母さんは泣きそうな顔をして私を見ている。
そして“カンタくん”と恐る恐るその名前を口にしたら、目の前のお母さんは突然泣き崩れた。
「カンナ……あなた会ったのね、カンタに」
「え、お母さん知ってるの……? カンタくんのこと」
「知ってるも何もカンタはあなたの亡くなった弟よ……」
え、カンタくんが私の弟……? それはつまりどういうこと――……。
「あなたには話していなかったけれど、カンナには弟がいたのよ。生まれてくる頃にはもう亡くなっていたんだけどね……」
そして私は嫌な予感がした。
頑なに家へ来ることを嫌がっていたカンタくん。
今にも泣き出しそうな顔をしていたカンタくん。
そして逃げ出す彼を追いかけようとしたとき、その背中はもう見えなくなっていたこと……。
私は泣き崩れるお母さんの手を離し彼を――弟を追いかけた。
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