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億通りの雨
夏鈴の頭に雲が浮かんでいるのを見たのは、それから数日後のことだった。
「ねぇ夏鈴! どうしたのその頭!」
「んー? なんかごみでも付いてる?」
「いやいや、ごみどころじゃないでしょ、何その雲!」
私がいくら説明しても、夏鈴は首をかしげるばかりだった。この子の天然は自他共に認めるお墨付きのものだけど、どうやら今回おかしいのは私の方らしい。
よく見ると、この現象は夏鈴だけにあったのではなかった。大学内にいるすべての生徒、教授、警備員、全員の頭にふんわりと、謎の雲が浮かんでいた。その色は様々で、今にも雨が降り出しそうな真っ黒なものもあれば、夏の空に浮かんでいそうな真っ白なものもあった。
私は思い切ってその雲に触れようとした。しかし、その雲は私の腕をすっと通り抜けて、またもとの形を形成した。私以外に誰も、この謎の雲を気に留めるものはいない。どうやら私にしか見えていないようだ。
「そんなじろじろ見ないでよ~」
「ん、あぁ、ごめん」
「じゃあ私、例のアレの時間だから行くね」
こうして私は夏鈴の背中を見送った。夏鈴の雲は、よく見るとうっすらと灰色がかっていた。梅雨の時期、こんな雲を嫌になるほどよく見ていた気がする。
この雲は一体何なのだろう。どうして1人1人、色が違うのだろう。そしてなぜ、私の上には、何も浮かんでいないのだろう。私には何1つとして分からなかった。
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