億通りの雨

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 長野先生は年齢不詳だ。先生、と言って良いのかも微妙だけど、私はいつも親しみを込めて「せんせ」と呼んでいる。先生じゃない、せんせ。「い」がないだけで、なんか仲良しみたいで好きだ。  大学の奥にひっそりとある部屋に、先生はいる。毎週月曜日と水曜日の週2日。いつもストライプのシャツを着て、前髪は七三に綺麗に分けている。顔つきや肌のつやつや感から一見若そうに見えるけど、その髪の薄さからはかなりのおじさん感が伺える。だから、年齢不詳。別に先生が何歳であっても私にはどうでもいいので、あまり気にしていない。  先生のいる部屋には立札がない。入りやすくするためらしいが、知らない人からしたらむしろ謎の部屋過ぎて入ろうなんて思えない。入ると中に優しそうな受付のお姉さんが座っていて、部屋中からはふんわりとお花の香りが漂ってくる。誰かを安心させることに、その部屋のすべてを使っているかのようだ。 「お待ちしてました。2番へどうぞ」  私が言われるがまま部屋に入ろうとすると、隣の1番の部屋から夏鈴が出て来た。 「お、おつかれ」 「おつかれ~瑠衣はこれからなんだね」 「うん」 「私は授業行ってくるね。またあとでね,」  私は夏鈴と目を合わせず、その頭に浮かぶ雲を見つめていた。その雲は、さっきよりも白くなっていた。夏鈴は口笛を吹きながら部屋を出て行って、受付のお姉さんも微笑ましそうにその姿を見つめていた。夏鈴の口笛は、誰もがスキップしたい気分になってしまうほど、謎に上手い。でも最近の私は、あまりそのように感じない。 「やっほ、せんせ」 「瑠衣さん。どうぞおかけになって」 「……うわ」 「どうかしましたか」 「う、うーん、後で話します」 「分かりました。では、少々お待ちくださいね」  先生の雲は、細かいグラデーションだった。上の方は真っ白で、下に行けば行くほどその色は暗くなる。まるで色んな雲を一気に飲みこんだような、そんな異様さがあった。
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