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梅雨入りの予報に心が浮き立つなんて、生まれて初めての経験だ。高校の入学式を終えたばかりの、2ヶ月前の私に教えてあげたい。
徒歩15分の通学路を通った中学時代から一転して、高校までの片道1時間半の道のりを、バスと電車を乗り継ぐことになった。
朝のルーティンにお弁当作りも加わって、これまでよりもだいぶ早い時間に起きて、家を出る。
人通りのほとんどない最寄りのバス停までの朝の道のりは、まるで産み落とされたばかりのような、そんな静けさだ。
彼を初めて見かけたのは、4月の半ば、初夏に向けて上昇していく気持ちを一気に引き戻す、冷たい雨の朝だった。
傘を閉じてバスへ乗り込むと、座席はすべて埋まってしまっていた。
毎朝、乗客の顔ぶれは大体同じだ。
通学・通勤者がほとんどで、眠い目をしたスーツ姿のサラリーマンが数人、それから、小さな制服をきっちりと身につけた私立小学校の児童、いつ見てもフルメイクで隙のない白いブラウスの女性、アッシュカラーの長い髪を肩に落とした20歳くらいの男性。それと、ラフな服装の老人。
雨の日でなければ、私が乗る前に8割方の席が埋まる。私はいつも、空いている2人掛けの席の奥に座ることにしていた。
そこに、雨の日は普段は乗らない人の顔が加わる。なんとなく間違い探しをするようにさりげなく車内を見渡し、そして初めて、私は彼を見つけたのだった。
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