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 一番後ろの座席は、横一列の5人掛けになっている。  その向かって右端に、窓枠に頬杖をつくようにして、彼が座っていた。窓の外をつまらなそうに眺めている。耳にワイヤレスイヤホンをつけている。  どうしてだろう、なんでもない朝の一場面なのに、やけに胸が高鳴った。  バスに揺られている間も、駅で電車を待つ時間も、学校でも、家に帰ってからも、焼きついてしまったみたいに、彼の顔が頭から離れなかった。  それから私の朝は、彼を探す時間になった。  前日の雨雲が残らず去った、陽射しの眩しい翌朝、バスに彼の姿はなかった。  私はいつもの席にすとんと腰掛ける。次の停留所では10人ほどの人が乗ってきて、車内は混雑し始める。  2度目に彼の姿を見かけたのは、ゴールデンウィークに入る前日のことだ。  夜から降り出した雨が、連休前の浮き足だつ人々を意地悪く翻弄する、そんな雨の朝だった。  視線を送らずとも、わかってしまう。  彼だ。  後部座席の一番右端。俯き加減の目元に落ちる、前髪の影。白い制服のシャツ。耳には黒のワイヤレスイヤホン。  私は、自分の胸の高鳴りが急に卑しく思えて、さっと顔を背けた。  だって、不誠実だ。彼のことを何ひとつ知らないのに、こんなにもときめくなんて。  翌日からの連休は、人々の願いが通じたように晴れの日が続いた。  最終日、青空に引っかかる白い三日月に祈る。  ──明日はどうか雨が降りますように。  せめて、朝だけでも。
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