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街並みが流れてゆく。私は心地よいバスの揺れに身体を預けた。
そっと、本当にさりげなく、彼を視界に捉えると、彼は相変わらず窓に頭をもたげている。
どんな音楽を聴いているのだろう。好きなものはなんですか。晴れてる日は、駅まで自転車なのかな。高校生、だよね、何年生だろう。
名前すら知らないのに、このまま質問の海に溺れてしまいそうだ。
バスが、終着の駅までの停留所へ停まるたびに、乗客が増えてくる。横に立つ肩に遮られ、彼の姿が見えなくなる。
それでも同じ空間にいる。そう思うだけでどこか気が抜けない。
私は左手に傘、右手に吊り革を握ったまま、わずかな時間、目を閉じる。夏服に替わった制服。少しだけ短くした髪。そんなわずかな変化にまた胸がときめいてしまう。
どうしようもなく、心を支配されてしまう。
車内アナウンスが終点を告げ、乗客の波が出口へ流れ始めた。
私もその流れに乗ろうと足を踏み出したとき、鞄から取り出したパスケースをうっかり落としてしまった。ラベンダー色のパスケースは、目の前の座席の下へ入り込んでしまう。
立ち上がった乗客が出口へ向かうのを待って、私はしゃがんでパスケースを拾い上げた。
もたもたして、恥ずかしい。頬が赤くなるのが自分でもわかる。
急いで立ち上がると、とん、と背中が誰かに触れた。思わず振り返る。
「ごっ、ごごごごめんなさい」
「あ、いや」
身体ごと彼に背を向ける。心臓が大きく音を立て、口元を押さえても飛び出してきそうだ。全神経が背後に集中してしまう。
短く、耳元近くで聞こえた声、彼の身長、はじめて知ったこと、たった今、すぐ後ろに彼がいて、それで……。
うわああああああああ。
耳、絶対赤くなってる。
平常心、平常心……。そんなの無理に決まってる。
カードリーダーにタッチし、運転席へ会釈すると、私はバスを降り一目散に駅へ向かった。逃げた、が正しい表現かもしれない。
思わぬ接触に大混乱する気持ちを抑えきれないまま、私はちょうどよく到着した電車に飛び乗ったのだった。
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