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3
次の日も、その次の日も彼はバスに乗っていなかった。
相変わらずの重たい梅雨空に、まとわりつくような細かい雨が降り続いている。
半ば諦めたような気持ちでカードをかざし、私はひとつだけぽつんと空いていた後部座席の真ん中に腰を下ろした。
雨の日に座れたのって初めてだな、と寂しさを伴ってそう思う。もう会えないのかも、そんなことを考えだすと、湿った空気に涙が滲んだ。
バスが出発する。エンジン音がどうしようもなく空っぽな胸に響いた。
窓際の席で、首を傾けて目を閉じているサラリーマンの男性を、恨めしく見つめる。そこ、彼の席なんです。完全にお門違いで理不尽な主張を、私はどう抑えたらいいのだろう。
彼に会えないのなら、雨が降ってもちっとも嬉しくない。
ささくれ立つ気持ちを抱えたまま、ガラスの向こうの雨空を睨んだ。
そして、ふと目に入った光景に、私は思わず立ち上がってしまいそうになった。
──え?
視線が離せない。
なんで?
走行するバスの左側、歩道寄りの道に、レインコートのフードをかぶり、自転車を漕いでいる。
彼だ。
フードが風に煽られるのを時折、片手で押さえながら、彼は真っ直ぐに前を向いてペダルを踏んでいる。
しばらくバスに併走したあと、細い路地を駅の方向へ曲がっていった。
雨なのに、自転車?
どうして?
胸の奥がざわめく。
諦めかけていた気持ちが、居場所を取り戻すように音を立てる。彼を見つけた、たったそれだけのことで、私の心は泡立つ。酸素が送り込まれてゆく。
終点を告げるアナウンスももどかしく、私は停車と同時に席を立った。急く気持ちをなだめるように、手元のパスケースを確認する。平常心──。
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