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あの人は、しばらく立ち止まり、私が静かに泣いている見ていた。
私は、見られたくないので、
早く、涙を止めようと、何回も、手で、涙を拭きとった。
でも、涙は、少しずつ出る量が増えていく。
自分の哀れさを、さらに強調するように。
私は、涙を抑えようと必死だったため、
あの人が、私の足元から正面に近づいて来た事に、気づかなかった。
あの人は、私の顔の正面まで片膝を付き、私と目を合わせた。
涙と感情で、霞がかかっているように見えなかったが、少し優しそうな顔をしていた。
忙しい人なのに、足を止めてしまって、申し訳ない、と思う。
だけど、言えなかった。
言ってしまうと、この関係は、崩れてしまいそうで。
あの人は、左の片手で、書類を持ち直し、
右手で、少しだけ私の身体を抱き寄せた。
ダメだよ、妻がいるでしょ。
そう思っていたら、耳元で囁ける距離で止まり、
「幼馴染を呼んできます。」そう、呟いた。
私は、その声に、ドキっとする。
声が良すぎる。思っていたとおりの声。
でもすぐに、幼馴染という言葉で、我に返った。
その幼馴染は、私の事が、気に入ってくれている人、
いずれ、私と、結婚したいために、こんな歳まで、まだ独身でいてくれている人、私より年上なのに。
私は、呼んで来るという言葉の返事はしなかった。
了解してしまうと、幼馴染の気持ちを利用してしまう事になる。
でも、あの人は、そう言うと立ち上がり、その場を去ってしまっていた。
幼馴染を呼びに行ったのだろう。
私は、すぐにでも、立ち直り、笑顔を見せないといけない。
そうしないと、今度は、幼馴染に迷惑をかけてしまう。
でも、私の感情は、そんな簡単でもなく、切り替えが早い訳でもない。
どうしよう、どうしよう。と悩んでいる間に、
「姫さま。姫さま。どちらにいらっしゃいますか?」と、
大声で幼馴染が探しているのが、分かった。
私の沈み込んだ感情は、ここにあるのに、色々その感情に浸っていたのに、その大声のせいで、ぶち壊されそうになる。
豪快な性格の幼馴染に、今の私の感情は、一生、理解出来ない。
そう思う。
だから、この幼馴染と、結婚する勇気が、私にはないのだ。
私は、その大声に気づかない事にするため、目を閉じた。
私の身体に掛かっている白の長羽織を、肩まで掛けなおして、
内側から、長羽織を握りしめた。
もう、このまま見つからないで下さい、と願いを込めて。
完
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