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帝都には「ハイイロ」と呼ばれる人狼が跋扈していた。
「またか、…」「ひどいな」
ハイイロたちは、人間を襲い、欲しいままに犯し、喰らう。
特に満月の夜は凶暴性を増し、若い娘を好んで凌辱した末に無残に食い散らすため、警備隊は夜通し、帝都中に放置される娘たちの亡骸の回収作業に追われることになる。
「なんて奴らだ」「可哀想に、…」
その凄惨さは慣れた警備隊員でも吐き気を催すほどに残虐で、彼らの非情な暴行を何とか未然に防ぐべく奔走しているが、ハイイロは俊敏で獰猛、武器をもってしても人間に勝機はほとんどない。
ハイイロは頭が良く、視力聴力嗅覚に優れ、警備隊の狙撃も機敏にかわし、罠や囮にもかからない。並外れた身体能力をもつが、特に跳躍力に長けており、一蹴りで千メートルほど飛ぶこともある。また、その爪と牙は、ひと噛みで相手を致死させるため、目を付けられたらほぼ逃げおおすことは不可能である。
したがって警備隊はハイイロを防御、または捕獲することが出来ず、貴族階級の娘たちは夜街に出ることを固く禁じられていた。特に満月の夜には屋敷に厳重に鍵をかけ、幾重にも壁に隔てられた屋敷の奥の奥に隠されるのであった。
「お嬢様、いよいよ明日ですわね」
そんなとある満月の夜。
花御門ユラは、婚礼を明日に控え、屋敷の自室に閉じこもっていた。ユラは明日、鷹小路侯爵の子息・鷹小路クリスに嫁ぐことが決まっていた。
しかし、持っていく荷物は小さなトランクケース一つで、婚礼前夜お世話に訪れる侍女もアンリ一人だけ。ユラの自室は物置同然の狭い屋根裏部屋で、食事も家族とは別に一人自室で摂るのだった。
ユラは由緒ある花御門伯爵家の娘だが、母はユラを産んですぐに亡くなり、後妻に疎まれながら育った。日の当たらない屋根裏でぼろ着を着て、ほとんど外に出かけることもなく、許された唯一の楽しみは父の書庫から本を借りて読むことだけだった。
ある時、いつものように継母と義妹が着飾って街に出かけた後、父の書庫に本を借りに行くと、そこに見知らぬ若い男性が居た。
「あ、…失礼しました」
屋敷内でもほぼ存在を隠匿されているユラは、若い男性はおろか、人とほとんど出会わない。顔を合わせるのはユラの世話を命じられている老女のアンリくらいで、まともに見たことのある異性は父親しかいない。
ユラはすぐに書斎を離れ、走って逃げた。
ユラが誰かと接触することを継母はひどく嫌う。
アンリの体調がすぐれず、食事をもらえずにお腹を空かせたユラが厨房に赴き、そこにいた使用人に残り物を分けてもらった時、
「この卑しい乞食め!!」
継母は激怒してユラを鞭でめった打ちにした。ユラは、痛みと熱で三日三晩眠れず、背中にはいまだくっきりと鞭打ちの痕が残っている。
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