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猫になった千晶は、もう実家に帰ることも無いだろう。猫なんだから地元で就職することも無い。どこに行ったって自由だ。
私は、なんとかなると思っていた。二人でずっと一緒に暮らせる、と。千晶は違ったのかもしれない。私は千晶の家族のことを何も知らない。話してくれたことが無いから。
もしかして、本当にずっと悩んでいたのかもしれない。もっと聞けばよかった。なんとかなるなんて言わなければよかった。
あのなんでもないような顔の下で、彼女が本当は弱い人間だと一番知っていたのは私だけだと思っていたのに。
私は彼女の首の辺りの臭いを嗅ぐ。
「おひさまみたいな匂い……」
私は呟く。
彼女の毛が冷たく湿った。
「そうか。猫の毛って、水、吸わないよね」
私は顔を上げる。
「私と一緒に猫になりたかったの?」
千晶はやっぱり答えない。ただ、こちらを見て目を細めた。それはそれは幸せそうに、目を細めた。
私はそれを答えだと思った。
だから、私も微笑んだ。
「それなら……」
私は立ち上がる。
これからの私たちのために出来ることは。
「二人で引っ越そうか。ペット可のマンションに。すぐ」
千晶からの否定の言葉は無い。
「このままじゃ、千晶の親とかここに来ちゃうかもしれない。住んでるとこ、知ってるもんね。その前に、引っ越そう。誰も知らないところに、さ」
千晶は私を選んでくれた。
だとしたら、私が最後まで彼女と一緒にいる。
誰にも渡さない。
「私のこと面倒見がいいってずっと言ってたもんね。それなら私は一生、千晶の面倒見てあげる」
私まで猫になったら、どうなるのだろう。二人でずっと一緒にいられるだろうか。留めておけるだろうか。
わからない。千晶が私を覚えているかわからない。私が千晶を覚えているかわからない。
野良猫として二人で生きていけるかわからない。
離ればなれになってしまうかどうかもわからない。
猫の世界のことを、私も千晶も知らないから。
何もかもが、わからない。
それなら、私は確実な方を選ぶ。私がずっと千晶の面倒を見ればいい。私の、私たちの小さな部屋の中で、ずっと一緒に暮らそう。
千晶がそう望んでくれたのなら。
私が人間でいる限り、それは果たされる。
だから、私は猫にならない。
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