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どうしても猫になりたい人間が猫になれるシステムがあることは私も知っている。周りで本当にそうなった人を見たことはないけれど。
だって、本当に猫になるなんて簡単に決断できることじゃない。猫になるのは一方通行だ。それでもなりたい人がなる。
自殺の増加に歯止めが掛からなくて、それでやむを得ず始められたシステムだとかいう話だ。確かに、猫になってでも生きてさえいてくれればいいと思うのはわかる。
このシステムが始まったのは私が産まれるずっと前のことで、今では他の理由でも本人が強く望めば猫になることは認められている。
千晶は、どんな理由で猫になったのだろう。私はそれすら知らない。
ため息が出る。私が一番千晶のことをわかっていると思っていたのに。こんな大事なことを言ってくれなかったなんて。
それとも、言わなくてもわかってくれると思っていたのだろうか。壮大なドッキリで、本当の千晶は後から現れて私のことを笑ったりするのだろうか。
「本当に千晶、なんだよね?」
問い掛けても、猫はふらふらとつれなくしっぽを振っているだけだ。
正式な書類もあるから千晶に決まっているのだけれど。
この猫が千晶だと認める心と、否定する心がぐちゃぐちゃに混ざっている。
猫になるときには、人に知らせなければならないという決まりは無い。一人で決めて、一人でなることが出来る。
千晶は自由のはずだった。猫になって自由になれるはずだった。
本当なら、誰にも知らせずにどこかにふらりと姿を消すことだって出来た。猫になってどこに行くかは本人が決めることが出来る。猫になることと同じで、誰にも知らせなくていい。そうでなくては猫になる意味が無い。ただの一匹の猫になって、家族にも周りの人にも知られず、ただ生きていくことが出来る権利があるはずだった。
それでも千晶は私の所に来ることを望んだ。そうだと思う。もう聞くことは出来ないけれど。
千晶は誰の所でも無い、私の所に来ることを望んでくれた。
「千晶、本当に私と離れたくなかったんだ。もっと話してくれればよかったのに」
今の彼女に、私の言葉は届いているのかわからない。猫になった人間が記憶を覚えているのか、人の言葉を理解しているのか、誰も知らない。
一度猫になった人を元に戻す技術は無いから。それ故の一方通行。だから、猫になるのは覚悟がいる。
「馬鹿だね」
私は千晶の側へ行って、彼女をふわりと抱きしめた。
千晶は私に抱かれるがままになっていた。
ふわふわの猫ッ毛が私の頬をくすぐった。
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