Void

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「あー、あれは臭いも取れんだろうし、畳などは既に腐っておっただろうから、我が惑わしが抜けた後にはどうしようもなかっただろさ」  槐が隆二の身体から抜け落ちれば、そこには滅び行く不自由なカタチが転がっているだけだ。それは惨憺たる惨状が残されていたのだから。 「が、ヒサ殿、聞き及んだ事を一つ」  槐は、そこで言葉を区切り人差し指を立て勿体を付ける。 「何です?」  ヒサの眉間に皺が寄る。 「鬼蔦(藪枯らし)なだけあって、まぁ強引な商いをするような事もあったらしい。所々では敬遠されておった部分もあったそうで、町医者たちは“態と”往診の順番を遅らせたとかなんとか……」  それを聞いてヒサの眉間の皺は更に深く、そして大きなため息を吐いた。 「それは、人としてどうなのでしょう? 我らのような穢れた身と同じではないですか、お医者様とて……。さや乃さんが、お可哀想でなりませんね」 「まず、人と言うのは……」ぽつりと槐が呟いた。  それを聞いて、ヒサは何の返事もしなかった。  “どうせ槐には、人の気持ちなど分かりはしないだろう”などと言う蔑みのような感情ではない。いや、逆にどこかが捩じ切られるような痛みと共に、言葉に出来ぬほど念ほどの想いの奥底で、思い()んでいる事だろう。人の気持ちなどと言ってしまうと、槐にとってはそれこそ上滑りするだけの、ただの言葉になってしまうだろうから。
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