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槐より数歩先を歩いていたヒサが、それを聞いて“あっ”と言う顔をして振り返る。そして、雨に濡れる人の様にフリをした。
少し辺りを見回すと、ほんのすぐ先に、紺地に白く屋号を染め抜いた立派な日除け暖簾を張っている店が目に入った。呉服、着物、和装品などを取り扱っている店のようだった。
その軒先、店の出入り口より少し外れた端のところに、槐とヒサは雨を逃れて走り込んだ。
ヒサは帯と揃いの錦の巾着袋からハンケチを取り出して、肩や袖を払うフリをする。槐も中折れ帽を脱いで背広の襟を払った。
暫くそうして、雨粒の落ちてくる空を眺めていた。
ふと、誰かが二人に声を掛けて来た。見ると正絹の袷紬の着物を着込んだ男性だ。多分この店の人なのだろう。
「これはお困りでしょう。屋号が入ってはおりますが、よろしければ傘をお貸致しましょうか?」と言う。
槐がすぐさまこれに応えて、
「有難い事です。私は良いのですが、お嬢様が心配で」と笑顔で言った。
それを聞いたヒサは、“ああ、今回はお嬢様と従者・目付け役”と言う設定なのだと納得した。
「ありがとう存じます。こちらに引っ越してきたばかりで心細くもありました。お気遣い、痛み入ります」
と、槐に向けるのとは違う、美しい笑顔で頭を下げた。
「どうぞ、お入りになってお待ち下さい。傘を用意してまいります」
そう言って、男性は中に声を掛けて二人を招き入れてから、店の奥に消えて行った。
ヒサと槐は、別の店員に案内されて縁に腰を降ろした。
すると背後から声が掛かる。
「まだ少し、肌寒いことで御座いますね」そう言って、年かさの男性が温かいお茶を出してくれた。
その男性はこの店の店主だと言う。そして世間話のついでに「汕頭(すわとう)のお着物ですか、おめずらしい」と、ヒサを見てにこやかに言った。
と、そこへさっきの男性が番傘を二つ持って戻って来た。
「お待たせいたしました。こちらをお使い下さい」と手渡してくれる。そして、店主に目配せをした。
「お返しは、ついでが御座いますときにでもお寄り下さい」と店主が言った。
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