Void

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 ――別に“鬼蔦”がどうだと言う訳ではない。意味などない話だ。まぁ“藪枯らし”は頂けないが――  (えんじゅ)は、ただ漠然とそんな事を考えていた。  だからと言う訳ではないのだが、後日、一人であの店まで傘を返しに出向いたのだ。  そして何故だか、奥の座敷に通された。  本当は、店先で傘とお礼の品を渡して、直ぐに引き上げる算段でいたのに。  ――いったい自分は何をしているんだろう? 生身の人然として出された座布団に座っている――  ちょっと高級な緑茶を頂きながら、槐はそんな取り留めも無い事を思い巡らせていた。  こうしていてもヒサの美しい顔や聡明で清廉な瞳が思い浮かぶし、明確な意思をもった、硬質な心地よい声音を鼓膜が反芻している。いつか塵芥となりて果てるまで、どれ程の月日があるのやらと考えて、今この刹那を(いつく)しみたいと言えば、きっと“鬼如きがどの口で言うか”と返されるのだろうけれど、こんな穢れた身にとってはそれもまた嬉しい事なのだ。 「失礼いたします」  そう声が掛かり、音もなく襖が開く。  先日、温かいお茶を出してくれたこの店の主だ。    店の主が入って来て、見事な螺鈿細工の座卓の向かい側に腰を降ろすまで、槐はそれを何となく目で追っていた。 「先ほどは結構なお品を頂きまして、ありがとう存じました」  と、そこで一旦言葉を区切ると軽く頭を下げた。
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