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――あの人が寝付いてしまってから、何日経つのだろう。どうにも起き上が
れない様子が続いているけれど。
お食事も召し上がらない、お話しもしない。何か怒っているのかしら?
お口がきけないのだから、私にはわからないわ。
あんなにお約束したのに。ずっと一緒だと、指切りしたのに。
早くお元気に……。
うんん、でも、お具合が良くなってしまってはいけない。だって、私の
元から去ってしまうのかもしれないのだもの。
また、あの人が臥せっている離れまでの渡り廊下に、お香を焚きに行か
なければ。
あの人が好きな伽羅を一合でも二合でも……十合でも二十合でも……。
香炉の列が何合できたとしても――
槐は、腕を組み視線を足元に落としながら、ヒサの待っている借り家までわざわざ歩いて帰った。本当はひとっ飛びだけれど。
傘を返しに行った際に、あのお鬼蔦の紋の店の主にお願いされた事を、どうヒサに伝えようかと考えていたからだ。
何もまとまらぬ内に借り家に着いしまって、槐は声も掛けずに玄関である両開きの引き戸の片側を開けた。
「お帰りなさい」
槐は柄にもなく息をのんだ。引き戸を開けると、上がり端にヒサが立っていたのだ。
「ああ、ヒサ殿」
「何を驚いているのです?」
「いや、出迎えて貰えるとは思っていなかったので……」
槐はガラにもなく小さな声で応えた。
それを見たヒサは「ふっ」と小さく笑うと、踵を返して奥へ戻って行ってしまった。
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