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六畳間と八畳間の間の襖を開け放ち一続きとして使っている部屋に入る。六畳間にある床の間には上質な佇まいの花が活けてあり、趣のある床柱とあいまって閑雅な空間に仕上っていた。
少し小ぶりで、薄っすらと赤みを浮かべた黒い漆塗りの座卓を挟んで座る。
「どうしたのです? 話しがあるとは」
「……実は」と、槐は傘を返しに行ったあの鬼蔦の紋の店であった事を話し始めた。
あの店には“さや乃”と言う娘がいる。一人娘だそうだ。と言う事は実質的な跡取りなのだろう。主もそんな様な素振りではあった。
だが、その娘と同業他店から“見習い”として来た、右も左も分からないような新入りの若い男“隆二”と恋仲になってしまった。
主は二人を呼びつけ、事の次第を問い詰めると、さや乃がさめざめと泣き出した。
――どうしてもこの人が好きで離れられないの――
そんな言葉を横で聞いていた隆二は、自分の手ぬぐいでさや乃の涙を拭ってやる。
主は、時代も時代なのだからと、無理に別れさせるような事はしなかったが、二人ともまだ十分若いので、この先気が変わる事もあるかもしれないと思い、試しに二人で暮らせるようにと、少し郊外にある別邸を宛がった。
二人はたいそう喜んだ。だが主は、いきなり二人だけで生活が回っていくとも考え難く、少し年嵩の女中さんを通わせる事を二人に了承させたのだ。
かくして“おままごと”のような生活が始まった。
当初は、隆二も別邸から元気に店に通っていたのだ。
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