我が主人は

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我が主人は

「なぁ……あの時確かに、これからもよろしく、って姫様笑ったよな」 「ああ」 「姫様……大丈夫かな」 「心配だな」  湖面に映るノイシュル城と白い月を見ながら、白い騎士服の男たちは、野営の用意をはじめた。  手慣れた様子で、見回りや見張りをする組を作り、地図を見ながら要注意ポイントを確認したり割り振りを決めたり。 「敵兵は見つけ次第始末せよ」 「隊長、いつになく過激ですね」 「おうよ。誰に憚るものでもないからな」  隊長と呼ばれた男は、頭と右太腿に包帯をぐるぐると巻いている。杖代わりの太い枝をがらりと投げ出し、どん、と、拳で己の左肩についた百合の紋章を叩く。 「我があるじはアイリスさまのみ」  隊長に倣い他の男たちも、口々に言いながら紋章を叩く。 「よし。全員いい面構えだ。さて。各自持ち場に戻れ」 「はい」  騎士たちはそれぞれテントを張り、火を大きくおこし、風呂や料理の用意をはじめる。  それにしても、やたら大きな篝火である。 「姫様に届け……と思ってさ」  誰に言うでもなく呟きながら木を足していく若い兵士。真剣そのものである。 「おいおい、その生乾きの枝はダメだな……それからこの枝と……これも燃やせ。姫様にきっと、届く」 「あ、はい」 「これまでも、これからも、オレは姫様の護衛騎士だ……」 「おーい、久しぶりに洗濯できるぞー! 石鹸ができたからな。服も体も全部洗えるぞ!」  と叫ぶ者がいる。 「隊長、なんで今頃洗濯なんすか」 「バカもの、久しぶりに姫様と再会だ。汚い服では恥ずかしいだろうが!」  なるほど、と騎士たちは次々と裸になり、湖に飛び込む。 「久しぶりに水と草がたっぷりだから、馬たちも喜んでるな」 「おう」  一頻り湖ではしゃぎ、篝火の周りに騎士服を干す。 「さて、と……」  簡単な食事をとり、火の周りに腰を下ろして湖面に映るノイシュル城を見る。  この、堅牢で巨大な敵城のどこかに、彼らが長らく仕えてきた王女アイリスがいるはずだ。 「酷い扱い、されてないかな」 「大丈夫だろ、王女を無碍に扱えば他国から顰蹙だ」  騎士団の一部のメンバーは、王家唯一の女児アイリスのために選抜された。なにせ、誰もが認める美貌に加え、お転婆でもありーー心配した父王の発案で彼らはアイリスが歩き出すよりまだ幼いころよりずっとお側で守ってきた。  そんな王女はまさに文武両道、彼女の王位継承権が兄たちより下であることを、誰もが惜しむ。当の本人は「いずれ白馬に乗って王子さまを探しに行って白い教会で結婚するの」などと王位に興味はないようだが……。  とはいえ聡明な彼女はたびたび城を抜け出した。民の生活を見て周り、民のためになる策を提言してきた。それらのすべてに、騎士団は同行し、王女と共に学び、王女を助けた。  だから彼女が何をしようとするのか、どうしてほしいのか、容易に想像がつく。  そう、人質として連れ去られる時にアイリスはわざわざ言った。 「これからもよろしく」  と。  敵兵はそれを、自分たちに降る言葉だと都合よく受け取ったようだったが、騎士団だけは違う。
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