旅の始まり

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   ーーーーーーピンポーンピンポーン  耳障りなインターホンが立て続けに鳴り響く。  それは少しの間をおいて、ドアを叩く音へと変わった。  ーーーーードンドンドンッ  「うるさ…」  はっきりしない意識の中、瞼を開くと、見慣れない景色が映し出される。  天井には、見覚えのない穴。  いつの間にか黄ばんだ壁。    知らないの蛍光灯の形。  ……ん?  覚醒しつつある脳が、全てを鮮明に映し出した時。 あれ、なにここ……? 解らない、ということが分かった。  「え!!?…なに!?ここ…どこ!?…って……おえ??」  重い身体を跳ねあがらせ身を起こす。  第一声、とっさに出た言葉が、聞いたことのないくらい掠れ、しゃがれ声であったことに自分でも驚く。    喉に手を当ててみても、指先で外傷は感じられない。 「あー、あーあー。……んん゛っ」  咳ばらいをして痰をきろうにも、ますます変な声しか出ない。 なんだこの声。 自分の声なのに、なんだか気味が悪い。  ーーーーーードンドンドンッ!!!ピンポーンピンポーン  そんな俺のパニックをよそに、再び鳴り響くノック音とチャイムの嵐。  ドンドン言われましても…。  俺、今、それどころじゃないです。    立ち上がって辺りを見回すと、こじんまりとしたワンルームの一室だった。  灰皿いっぱいに詰まったたばこの吸い殻と、あたりに散乱したカップ麺のゴミが目につく。 まるで、ドラマにでも出てきそうな……50歳独身、酒とタバコが生きがいのクズ男ひとり暮らし、のような部屋。 どういう状況だ……? 昨日は普通に家に帰って眠って………とくに変わったことはなかった、……はず。  目が覚めたら知らない家で一人、寝転んでいた。 もしかして…これって…。 焦る思考の中、導き出されたひとつの結論はとんでもなく物騒な事柄。 ……誘拐、とか……。  血の気が引いていくように一気に身体が冷える。 落ち着かせるように、自らを抱きしめ腕をさすれば、なぜかいつもより逞しく感じた。    ……寝ている間に連れ去られた?  ……誰に?  じゃあ、父さんや母さんは?  ーーーーーーピピンポーンピンピンポーピンポーンピンポーンピンポー   ……まさか。  その間も鳴りやまぬ連打チャイム音がひとつの可能性を伝えてくれた。  テーブルに置かれた置時計は、8時を示している。 日の差し込み方からして、間違いなく朝だ。 こんな早くに不自然に鳴り響く怒涛のチャイム。  これはもしかして。   誰かが助けにきてくれたのかもしれない。  外がこんなにも騒がしいにも関わらず、物音一つしない室内。  運がいいことに、家主は今は不在だ。  逃げるならチャンスは今しかない。  はやる心を抑えて、おそるおそる玄関まで足を運ぶ。  覗き穴から一応外の様子を窺えば、思いもしない人物が立っていた。  ……え…?  反射的にすぐさまドアノブに手をかける。   なぜ、ここに? 扉を開けた向こうには  「遅いよ」  不機嫌そうに肩をすくめた、サイカワ ジュンヤがいたーーーーーー。  
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