旅の始まり

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 「えっ…、と、サイカワ…君?」  どういうこと?  そう続けようとした声は相変わらずひどく掠れており、違和感のせいで続きを言うのを躊躇った。    なんだ、この喉の違和感は。  痛みはないが、常に痰がつかえているような不思議な感覚。  もう一度首元を触ってみたけれど、とくに変わったところは見当たらない。    俺の様子に怪訝そうに眉をひそめたサイカワ ジュンヤは、その後、全身に視線を配り……小さくーーーーー息を漏らした。  「…なに、その呼び方。…ってか、なんでパンツ一丁なの?」  「へ」  驚いた。  無論、パンツ一枚で寝た記憶はないし、ましてや見たこともないパンツを履いていた。  トランクス派なのに、今履いてるのはボクサーだ。 こんな可愛いくまさん柄も断じて俺の好みでは無い。  ……それに、俺の腹はこんなに割れていただろうか。 程よく筋肉質な腹部は、いつの間にか理想とする形へと変わっていた。 でも、そんなことよりも。 なによりも気になったのは。  「ふっ、風邪ひくよ」  サイカワ ジュンヤが…口元に手を当てーーーーー笑っていた。    色白の肌に、肩まで伸びた髪は綺麗に後ろで纏められていた。  薄く開いた唇は、淡いピンク色。  細めた瞳の奥は、キラキラと光るガラスのようで。    間違いなく、サイカワ ジュンヤ本人であった。  そんな彼がとてつもなく優しい顔で笑っていた。 まるで、俺の願いを……神様が叶えてくれたように。  「ほら、はやく着替えて」  その声にハッとして我に返る。  両手で家の中に俺を押し戻そうとする彼に、慌てて声をかけてその場に踏みとどまる。  「いや、ちょっとまって!!サイカワ君。これって…」  「だから、さっきからなんなの?そのサイカワ君って」  ……喧嘩売ってる?そう頬を膨らませた人物は、昨日までのサイカワ ジュンヤとは全くの別人のように見えた。 コロコロと変わる表情が、無邪気な子供のようで、俺の知ってる彼とは到底思えない。  「それに、いつまでその格好で突っ立ってる…つ、も、りっ!!」  「うわっ!」  そんな彼の顔が再び、妖しげな微笑みへと変わった時。 全体重をかけて俺の上へ倒れ込み、部屋の中へと押し倒された。 「……いっ、……た」 「あははっ」  俺の上に馬乗りになった彼が、声を上げて笑った。  その様子があまりに貴重すぎて……思わず目が奪われる。 彼の後ろでドアの閉まる音がした。 「……今日はね、“お誘い”に来たんだよ」    含みのある笑みを浮かべた彼が、俺の胸の上で、細く白い指を這わせる。 その仕草になぜか、どきん、と心臓が跳ねた。  だんだんと近づく柔らかそうな唇が、俺の目の前でぴたりと止まり、ゆっくりと言葉を形作る。 「……ナツメ、二人きりの旅に出よう」  これが俺と、サイカワ ジュンヤと、ヒビヤ ナツメの物語の始まりだった。
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