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「…わけがわからない…」
兎にも角にも、彼から話を聞く他ない。
まずは洗面台を借りて、顔を洗うことから始めよう。
悩んでも答えはでない。
ならば、行動するしかない。
「すみません…ちょっとお借りしますよー…」
人の家で好き勝手使うのは気が引けるが、状況が状況だ…致し方ない。
清潔とはいえない洗面台に向かい、真水を両手で掬い上げる。
冷たい刺激に脳が一気に目覚めていくのを感じた。
間抜けな顔が、いつもより随分マシに思えて…って…
「だれ」
呟いた2文字を目の前の青年が同時に真似をする。
鏡に映る青年は、俺の目線にぴったりと合い、滴る水滴が顔面を濡らしていた。
金の髪に、凶器とも思える金具が耳を覆い、上半身は程よく筋肉が付いた、綺麗な身体だ。
相手に向かって手を伸ばせば、向こうも応じたように同じ行動をして…
「………なんだ、…これ」
指先で顔を触れれば、確かに感じる肌の感触。
これは夢ではないと、はっきりと告げていた。
「俺…いつからこんな…イケてる奴になった…?」
言葉にして、思わず笑いが零れた。
ペタペタと手のひらで何度も顔の形を確かめてみても変わらない。
そこで、ふと彼の言葉が蘇るーーーーーーー。
------ナツメ。
俺のことを彼はそう呼んだ。
絵にかいたような派手な見た目と、不良少年にはお似合いの、たばこの匂いがまとわりついたこの部屋。
パズルのピースが、カチャリと音を立て始めていた。
「……………着替えるか」
脳内のキャパはもうとっくに超えてる。
今更、こんなことで騒いだりしません。
もうさっさと彼と合流して、事件の真相を聞くしかない。
脱ぎ捨てられた服を手繰り寄せ、袖を通す。
もう人の家なんて言ってられない。
むしろ、この家も本当は俺の家なんじゃないか、という気さえしてくる。
ほら、この服だって、ぴったりと俺の身体にあっている。
この場合、俺の身体、という表現が正しいのかは定かでないが。
「財布とか…携帯は…さすがにないよな」
無論、俺の所持品などこの部屋にはどこにもない。
ただ、見覚えのないスマートフォンだけが机の上に置かれていた。
ヒビヤ ナツメ。
彼のことが脳裏によぎる。
どういうわけか分からない、でも、もしも。
俺の予想が合っているのだとしたら。
なんとなく気になって手を伸ばす。
光った画面が日付と時刻を映し出した。
「一応持っていくか…何かあったら連絡手段ぐらいには…」
そこで俺の思考はとうとう限界を迎えた。
【 7月17日 月曜日 8:23 】
終わったはずの、高校生活最後の夏休みの始まりだった。
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