7人が本棚に入れています
本棚に追加
「やっときた」
アパートを出た向かいにある公園で、一人ベンチに座ったサイカワ ジュンヤが駆け寄る。
俺の影を見つけた途端、嬉しそうに微笑んだ彼の表情に…少しだけ、恥ずかしさを覚えた。
「ほら、早くいこ」
引かれた腕から伝う湿った体温。
さっきまでのは確実に、夢ではないらしい。
何度確認しても、信じられないこの状況。
それでも、今あるこの瞬間だけは事実だと、そう伝えてくれる彼の体温に、とても安心した。
「あの…サイカワ君…いきなりで申し訳ないんだけどさ…」
俺の声に彼の歩みが止まる。
ゆっくりと振り向いたその顔が不思議そうに首を傾げた。
…言わなくちゃ。
…聞かなくちゃ。
…でもなんて?
じりじりと照りつける日差しが、脳を直接焼くように突き刺す。
噴き出す汗が俺の心の動揺をさらに増した。
「ねぇ」
「…は、はい!」
言い淀む俺に痺れを切らした彼が口を開く。
声には苛立ちと不満の色が伺えたことに、身体が勝手に反応を示した。
「俺を怒らせたいの?」
「えっ」
なにやら不機嫌になった様子に、俺は慌てて首を振る。
返す言葉も、聞くべきことも、今の俺にとっての最善がわからない。
俺は、同じクラスのヨコタニ リツです。今日は8月26日のはずですが、7月17日というのは本当ですか。起きたら別人になっていて、今の俺は誰ですか?
それを伝えたところで何になるのか。
ましてや、誰が信じるのだろうか。
「………」
沈黙の間も、彼は手を離さなかった。
その事に少し安心する。
今の俺には、彼の体温だけが、現実と俺を繋ぐ唯一の証だ。
俺と彼の間に沈黙が流れ、緊張感が漂う。
鋭い視線を向けていた彼は、深いため息と共に緩まった。
「…またお得意の“新しいプレイ”ってやつ?」
「え」
突然の投げかけに、思わず身が硬直した。
…いきなり、何の話だかわからない。
戸惑いなんてお構い無しに、意気揚々と語り出す言葉は俺に向けたものなのか。
最初のコメントを投稿しよう!