海の日

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 「ヨコタニって…」  初めて彼の声で聴く、俺の名前。    その声が紡いだ次の言葉に、俺の心臓はついに止まってしまったのかと思った。  「誰?」  「……は?」  冗談を言っているようには見えないその横顔に、開いた口が塞がらない。  記憶の断片を探す彼の視線が、夏空を仰いで彷徨っていた。      「クラスメイトの…ほら、ヨコタニ リツだよ!あの!  身長は168㎝で、わりとやせ型で…近くの弁当屋でバイトしてる!」  まくし立てながら次々と言葉を浴びせる俺に、まん丸い目が更に丸みを帯びた。  「…ほんと、どうしたの?っていうか、 ナツメがなんで同級生の事なんて知ってるの、ほとんど学校行ってないのに」  「…っ…それは!」  訝しげな視線を向けられ焦る。  …確かに、不良少年ヒビヤ ナツメが、地味で特段なんの取り柄もない一般生徒Aの俺のことなど、知っているはずもない。  …ただ、それにしても。  サイカワ ジュンヤはなぜ、俺のことを知らないのか。  彼はヒビヤ ナツメと違って、真面目な生徒だ。  言葉を交わすことはなくとも、毎日顔は見合わせていたクラスメイトの一員。  そこで一つの可能性が沸き上がって脳によぎる。  まさか、この世界に俺は…存在しない…とか…?  いわゆる…パラレルワールドに迷い込んでしまったのではないだろうか、という説だ。  本やSFモノの映画なんかでよくみる、量子力学や、並行世界の話が思い出された。  ありえないことはない、だって、今この状況がすでにありえないことの連続だ。  じゃあ、俺は…ヨコタニ リツは…今どうするべきなのか…なにをしたらいい?
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