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スィート アンド サワー
「スィート アンド サワー」
1
「もし私が亘の子供だったら、ちょっとはマシな人生を送れていたのかな」
五月の連休初日、鈴木千尋は叔母、好美の家に行き、台所で梅の実を洗っている姿を見ながら話しかけていた。叔母は母の姉で、千尋の住む自宅から、歩いて十五分ほどのところに住んでいて、夫の健二は単身赴任で、平日は家にいないことが多く、子供もいない彼女は鈴木家の子供達を可愛がり、千尋も彼女を慕っていた。
亘は、母の昔の夫で、千尋が生まれる前に離婚したから、千尋は会ったことはない。だが、物心ついた頃より、母から、亘のことを聞き、写真も見せてもらったことがある千尋は、彼のことを、全く知らない人じゃないという気になっていた。離婚原因は、亘の浮気らしいが、「亘は、優しくてとってもイケメン君だったのよ」と、そう言う時の母は、普段から怒りっぽい父と居る時には見せない、艶やかな表情をしていて、十五才の千尋でも分かる、女の顔つきだった。叔母は梅を洗う手を休めずに、
「でも、お母さんと亘さんが離婚してなかったら、お父さんとも出会っていなかったわけだし、千尋だってこの世に産まれてなかったんじゃないの?」と言った。
だからそういう意味じゃなくてさあ、とふくれっ面を見せる千尋に、
「千尋が産まれた時はね」と、叔母の好美は千尋を見て微笑んで、窓の外を見る。
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