0人が本棚に入れています
本棚に追加
レジャー
翌朝、豊は、昨晩の酒もすっかり抜け、家で純和食の朝食を取っていた。
「今度の日曜日、沙世と旦那さんと私でゴルフ行ってくるから」
「うん、そうだったね。天気いいみたいだよ」
「そうだ、打ちっぱなしに行かなきゃいけないんだった。
今日、夕飯どうする?」
「今夜はいらない」
豊は、仕事を終えた後、以前よくつるんでいた社会部の戸崎を誘い
回転寿司で腹を満たした後、ルノアールに入る。
「思えばあの頃は若かったせいか、日々の生活が荒れてたよな」
「お前がさ、もてない親父みたいに、フィリピンパブとかに行き出すから」
「でも、フィリピーナって綺麗だし、スタイルもいい」
「うーん、スタイルはともかく、顔は人それぞれ、好みがある訳で」
「仕事上、取材でそういう店に行くとさ、名刺渡されて
一回位、行ってみるかって事になるんだよ」
「でも、おかげで俺も大分楽しい思いをさせてもらったから良しとするか」
「昔、久兵衛で、値段気にせずに、寿司食えたらなぁって、良く言ってたけど、未だに達成出来てないな」
「単価が、全て時価になってたりとかな」
「どんな客が来ているのかも、興味深い」
二人の中に「所詮、絵に描いた餅」とした空気が流れる。二人は、
今度は、回らない寿司屋に行こうぜと約束をした後、別れた。
絶好のゴルフ日和となった休日、環は、約束の七時に迎えに来た沙世の夫が運転する濃紺のプリウスに乗り込む。
「おはようございます。お世話になります」
「いや、夫婦二人でどうしようかってなりましてね。環さんが一緒に回ってくれる事になってこちらこそ助かりました」
途中、サービスエリアでの休憩も交えながら、二時間弱で足利市郊外のゴルフ場に着く。
「連休前の休日だから空いているはず」という湯沢俊樹の目論見通り
これ以上はないというゴルフ日和にも拘わらず、中は閑散としていた。
沙世の夫、俊樹が河川敷コースとは言え、フェアウェーもグリーンもきれいに整備されているという事で誘ってくれたゴルフ場は、会員制のカントリークラブのような堅苦しさがなく、初心者向けと言えた。
それでも、環は、要所要所で苦境に立たされ、同じ様なレベルの沙世と互いに励まし合いプレーしていく。
半ば、練習のようなゴルフを終え、三人は俊樹の運転する車で東京に戻る。
「今日は、本当にお世話になりました。
レベルが低すぎてびっくりされたでしょう」
「いやいや。こちらこそ、お付き合い頂き有難うございました」
俊樹は、これから、子供達を預けている両親の所に寄るのだと言い、
爽やかな笑顔を残し去っていった。
「明日になれば、私も園児達との気の抜けない毎日が始まる」
環は、ゴルフバッグを肩に掛けると「もうひと頑張り」と自らを鼓舞した。
部屋では、豊がこれから出社するというので、サラダうどんを作って出す。
うどんをゆでて、冷水に漬け、水切りした後、作り置きの肉みそと胡瓜、ゆで卵などをトッピングすればよいので、7、8分で出来上がる。
「おっ、サラダうどんだ。有り難い」
「たれ、足りなかったら言ってね。冷蔵庫にストックあるから」
豊は、相当急いでいると見え、10分足らずで完食すると
「慌ただしくてごめん。もう行くわ」
と言い、出ていった。
新聞社に着くと、競馬以外の公営ギャンブルも重賞レースが控えているせいか、いつも以上に人いきれを感じる。
「おはようございます、足立さん」
「おはよう」
結局、最も強い馬が勝つと言われる天皇賞、芝3200mは、
三月に阪神大賞典を勝ち終えたレインボーラインが制した。
このG2、G1のW入賞を果たしたレインボーラインは、
馬主にトータル二億一千七百万もの、賞金を齎したわけだが、その馬が
例え高額な賞金を稼ぎだしたとしても、そこには半端ではない経費がかかっている。
競走馬を育成するには、生産牧場、オーナー、厩舎が一丸となって
名馬となるよう、血のにじむような努力を積み重ねていく必要がある。
「それで、元が取れればいいが、見当はずれの時もあるわけだしな」
豊は、記事を仕上げながら、改めて、競馬の世界の光と影について
考えさせられた。
いよいよGWに突入し、足立 豊、環の二人は以前から計画していた通り
渓流釣りに出かける。
豊と環の他に、湯沢沙世と沙世の息子の温人も一緒だ。
豊は、沙世の夫の車を借り、釣りに必要な装備を積み、皆を乗せて目的地へ向かう。
「すみませんね。ご主人の車、お借りして本当に良かったんですか?」
「いいんですよ。毎日仕事で都内をぐるぐる回っているせいか、休日は
運転から離れたいって言ってるし」
新宿から中央自動車道、圏央道を抜け、国道411号線を数十分走ると
奥多摩町日原にある「日原渓流釣場」に着く。
連休に挟まれた平日の早朝にも拘わらず、すでに現地には数組の家族連れの姿が見られた。
都心から二時間余りをかけて辿り着いた秘境は、清々しい空気と渓流のせせらぎの音に加え、辺り一面、緑が広がり、釣り糸を垂れる前から、気分が盛り上がる。
豊を始め、4人は、早速、ウェーダーと釣り用ベストを着用し、用意してきた釣り道具を携える。
「温人君、決まってるね。今日は大漁間違いなしだな」
豊が褒めると、温人は照れ隠しの為か、はにかんだ表情でウェーダーを引き上げた。
「じゃ、行こうか」
大人も子供も、経験者の豊に全ておまかせと言う感じで、釣り具を持ってついていく。
豊は、管理事務所から指示された川辺に着くと、皆の竿に糸をセットした後、
まず手本をみせるといういう意味で、餌を針先に仕込んだものをオーバースローで投下する。
「じゃあ、君達二人は、今見せたように、真似してやってみよう」
案の定、豊は、環と沙世を放置して、つきっきりで温人の指導に当たる。
しかし、フライフィッシングと違って、生きた餌を使うエサ釣り自体、
環と沙世には、ハードルが高く
「やだー、餌の感触、キモ過ぎる」
などと言って、いまひとつ真剣に取り組む事が出来なかった。
環が、豊の魚籠を見ると、数匹の魚が収められており、歴然とした力の差を痛感する。
環と沙世との間にどちらが先に最初の一匹を釣るかという、競争のような空気が流れる。二人は、軽口を叩く余裕さえもなく、ピクリともしない釣り糸を悲痛な表情で見つめ続けた。
到着した時点では、肌寒い感じだったのに、今は、強い日差しに変わり
山の天気の移ろいやすさに驚いていると
「うわ、かかった」
と沙世が言い、すぐさま豊がタモで掬い取る態勢に入った。
キャーキャー言いながらも楽しそうな二人の姿に、環は、何か、追い詰められたような気持ちになる。しかし環自身も、時間差で小さいヤマメをゲットする事に成功する。
「うん、みんな頑張った。そろそろメシにしよう」
豊の言葉に促されるようにして、環と沙世は先に管理事務所から借りてきていた調理器具を使い、魚籠に入った魚を調理していく。
塩焼の魚と、環が家で作ってきた稲荷ずしは、忽ち、皆の胃袋の中に収められ
最後に沙世が、容器に収められたカットフルーツを出す。豊が
「うわ、うまそう。
いいなぁ、温人君。いつもおいしい果物食べられて」
と茶化す。
「そんなこともないんですよ。せいぜいバナナくらい」
「温人君は勘がいいよ。後半は一人で釣ってたもんな」
「今度はお姉ちゃんも連れてくる、いい?」
「あぁ、いいよ。温人君が釣りのやり方教えてあげられるしな」
温人は目をきらきらさせ、大きくうなづいた。
洗い場で調理器具を洗った後、事務所に返却し、駐車場に向かう。
後部座席で寝息を立てている温人と沙世を起こさないように、環はボリュームを抑えて豊に話しかけ、運転中、退屈させないようにした。
沙世の家に寄り、車を返した後、コンビニに寄り、夕飯用の弁当を買う。
マンションに戻った二人は、交互に入浴を済ませると、買ってきた弁当を
差し向かいで食べ始める。
「温人君。かわいいな。それに頭もいいよ。
こっちの言う事をちゃんと理解できてるし」
「俺にもあんな子がいたらなぁって、顔に書いてある。ここはひとつ、トライしてみる?」
「お前さぁ。冗談も休み休み言えよな」
環は、すでにセックスレスになって数年になる夫婦にとっての起爆剤になれば…と思って言ってみたものの、豊に全くその気がないのがわかり、寂しく笑った。
最初のコメントを投稿しよう!