河口湖

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河口湖

翌朝は二人そろって、環の両親がオーナーを務める河口湖(かわぐちこ)のペンションに出かける。 豊は、町田の自分の両親の家に寄り、車を借りると、新宿で江口を拾う。 久々に会っても学生臭さの抜けない江口に、多少の驚きを覚えた環ではあったが 「おはようございます。今日は借り出しちゃってすみません。 デートとかあったんじゃないですか?」 と聞く。 「だったら、いいんですけどね。生憎そんな予定もなく。今日はよろしくお願いします」 高速に乗ると、中央フリーウェイは流石に混雑していたが、江口が盛んに 場を盛り上げ、何とか渋滞の苦痛を感じずに済む。 車は富士河口湖町に入り、ショッキングピンクが一面、広がる、芝桜が見事な大石公園に向かう。 艶やかな花々の織りなす美しい光景を目に焼き付けた後は、河口湖と富士山を セットで一望できるというカフェテラスで昼食をとる。 昼食後は湖を航行するアンソレイユ号へと乗り込んだ。 環は、偶々(たまたま)、近くに豊がいなかったのをいい事に、江口の横につき、現在の彼の置かれた状況などを聞き出す。 江口は、母親から「誰かいい人はいないのか?」としょっちゅう言われてはいるが、実際には、姉が婿養子を取っているので家を継ぐ必要は無いとの事だった。 遊覧船から下りた後は、ロープウェイで天上山へ昇り、そこから(のぞ)む素晴らしい眺めに、一同、言葉を忘れる。 河口湖の主要な場所を見て回り、ペンションに着いたのは午後七時を過ぎた頃だった。 豊と江口を同室にし、しばし部屋で休んでもらっている間に、環は、途中、土産物屋で買った"ほうとう”に、冷蔵庫の中にあったあり合わせの具材を使って、調理したものを、夫達に出す。 「強行軍だったせいか、お腹ペコペコ。これ、味噌の味がうどんと(から)んで超うまい」 豊は、疲れを物ともせず、ほうとう(うどん)をズルズルかきこんでいく。 「本当に、お世辞抜きで美味しい。日頃、豊さんが、うちの嫁は料理が上手いって言っているのも納得です」 「もう、江口君たら、からかわないで~」 「いや、環は、限られた時間の中で旨いもの作る天才だよ。 そりゃあ時間使い放題なら、誰でも美味しく作れると思うけど」 「ありがとう。今の言葉、しっかり胸に刻みつけておきます」 二人を部屋に残し、環は、書き入れ時で猫の手も借りたいという雰囲気の両親をしばし手伝い、床に就いたのは、午前二時を回った頃だった。 翌朝は、母が用意してくれたスコーンにクローデットクリーム、ブルーベリージャムを添えて、カフェオレと共に、豊達に出す。 二人は、スコーン二個をあっという間に平らげ、カフェオレをお代わりする。 「すみませんね。すっかり宿泊客みたいになっちゃって…」 江口が、カフェオレを美味しそうに味わいながら言う。 「豊が、日頃お世話になってるんだもん。 これ位、当然でしょう?」 「正確には、俺が、江口の世話をしてるんだけどね」 「もう、本当に空気が読めない人ねっ」 そう言いながらも笑い合う二人を見て、江口は、心の底から 羨ましいと思った。 「お世話になりました」 豊と江口が環の両親に礼を述べ、車に乗り込む。 環も、母が用意してくれたサンドイッチなどを車に積み 「色々有り難う。又、来るね」 と言い、車に乗る。 ペンションの敷地内から、車を出すと、江口も気を使って疲れたと見え、すぐに居眠りをし始めた。 車は、途中、混雑にも見舞われず、比較的スムーズに都内に入る。 豊は品川で、環と江口を降ろし、 単独で、車を返しに行った。 「江口君、どこだっけ?」 「何にもなくって有名な、東中野(ひがしなかの)です」 「そっか、気を付けて帰ってね」 軽く頭を下げ、去っていく江口を見送った後、環も電車で大森を目指した。 5月最終の日曜、日本競馬において最高峰と称されるレース、日本ダービーが開催される事もあり、豊は未明に家を出ていった。 おそらく、月曜までは、かなりの忙しさに右往左往する事になるだろう。 環も豊不在をこれ幸いに、衣替えと、日頃、なかなか手の行き届かない場所の掃除を行う。 途中、数年に渡り、袖を通していない服を発見し、バンバン廃棄処分にする。 「何だろう、この不要な物を捨てる爽快感、とてつもなくスッキリする」 午後は午後で常備出来る、きんぴらごぼう、こんにゃくのピリ辛いため等を作り、途中、消耗品補充の為、買い物に出る。 家に戻ると、ちょうどダービーが始まる時間だった。 喫茶店などで、同好の士が集まって、アイスオーレ片手にレース観戦というのも、それはそれで(おつ)なものだと思う。 「まっ、馬券買うほど、入れ込んでる訳じゃないし」 環は、コーヒーとビスケット数枚載せた皿をテーブルに置くと、チャンネルをダービー中継番組に合わせ、テレビの前に陣取った。 番組内では、競馬好きのタレントなどが、各自、どの馬を推しているかについて激論を戦わせているが、10分後には結果が出て、喪失感に身を置く事になる。 府中(ふちゅう)の東京競馬場に中継がつながると、すでに観客席にいる11万人もの人々の熱気が渦を巻いているかのように、目に飛び込んで来る。 メインレース、全ての馬のゲートインと共に ファンファーレが鳴ると、各馬一斉(いっせい)に走り出してゆき、人々の気持ちも最高潮に達する。 実況を伝えるアナウンサーが、取り乱せば、取り乱す程、劇的なレース展開になるのはいつもの事だった。 皐月賞(さつきしょう)を取ったエポカドーロは、誘導馬と共にパドックに現れ、やや、荒れ気味かとも思えたが、それでも二位に食い込んだ。 結局の所、余力十分でラストスパートを駆け抜けていく馬には、底力の利く末脚(すえあし)で対抗していくしかない。 平成最後の日本ダービーは、その伝家(でんか)の宝刀を隠し持つワグネリアンが制し、幕を閉じた。 梅雨の合間の休日、豊と環は、湯沢一家と江口に声をかけ、那須塩原(なすしおばら)に足を伸ばした。 江口は、GF同伴で、キャラ変なのか、いつもの軽さが見られなかった。 始めに、沙世の断っての希望で、那須ステンドグラス美術館を見て回る。 ステンドグラス、アールデコ、クラシック建築の礼拝堂は、沙世のみならず、環もその佇まいにうっとりするが、子供達は違うようで、ざっと館内を(めぐ)っただけで出る。 次に訪れたのは、那須岳の(ふもと)に広がる一大動物ランド、那須どうぶつ王国で、 子供達が大好きな犬や猫の他、猛禽類(もうきんるい)、カピバラ、アルパカと言った珍しい動物もおり、バードショーなども行われている為、連日、親子連れで賑わっていた。 呼び物の一つに数えられる猛禽類(もうきんるい)のショーでは、羽音(はおと)が聞こえるほど近くを 鳥達が通過していくので、観客席は蜂の巣をつついたような騒ぎとなる。 広大な敷地面積を誇るこの動物園は、他に類を見ないショーなどにも一際力を入れており、すでに動物園の域を超えていた。 あっという間に三時間ほどが経過し、子供達に限っては休む時間も惜しいと言うような素振りを見せた。が、取り敢えずお昼にしようということになり、 昼食を取る事ができるスペースに、移動する。 湯沢家、足立(あだち)家の女達による唐揚げ、エビフライ、卵焼き、人参とタラコを炒ったものなどが、木製のテーブル上に並べられると、湯沢れみが 「温人(はると)、最初に手、洗ってこよう」 と言い、弟の手を引いて洗面所へ連れていく。 「れみちゃん、すっかりお姉ちゃんね」 「いつもはそうじゃないのに、どういう風の吹き回しかしら。 何はともあれ、いい傾向だけどね」 「すごいなー、この太巻き、上手に出来てますね」 沙世の夫、俊樹からダイレクトに()められ、まんざらでもないような気持ちになった環ではあったが、沙世が心穏やかではないような気がして、ぎこちない笑いだけで終える。 江口は、皆に注文を聞き、飲み物を調達しに行った。 豊が沙世の子供達に何が面白かったか尋ねると、交互に 「鳥のショーがすごかった」 「カピバラがかわいかった」 と思い思いの感想を述べる。 沙世の夫、俊樹は 「これだけ壮大だと、一日居続けたとしても、隅から隅まで見るのは無理ですね」 と言い、子供達が夢中になっているのを殊の外(ことのほか)喜んでいるようだった。 江口の女友達である美晴も、率先して、温人達の世話をやいてくれ、 環も「この子は間違いない」と確信する。 午後はアザラシのショー、マヌルネコなどのコーナーを回り、閉園までの時間、思い残す事のないよう、たっぷりと楽しんだ。 帰路の新幹線内では、大人も子供もこと切れたように、眠りにつくが、環は 一人、保育園での昼寝の時間のように、皆の姿を見守った。 東京駅で湯沢一家と別れた4人は、軽く何か食べていこうとなり、 駅の一角にあるピッツェリアに入る。 運ばれてきたピザを、大人4人で分け合い、ピノノワールで 流し込むと、一日の疲れも、アルコールにより一旦リセットされたように感じる。 女達が平らげられなかった分を男達が胃に収めるような形で、ピザは瞬く間になくなった。 店から出て、二人に 「じゃあ、又」 と、言葉をかけただけの豊に対し、環は 美晴のそばに走り寄り 「美晴さん、子供達の世話、お疲れ様でした。これに懲りず また、付き合って下さいね」 と、さりげなく伝えた。
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