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マタギ
翌日、出社すると、江口が淹れたてのコーヒーを豊のデスクに置き
「昨日はお疲れ様でした。彼女も楽しかったようで、あの後、話が止まらなくなって大変でした」
と話す。
「それは良かった。昼飯、コリドールに行こう」
「了解です」
正午を回り、仕事を切り上げた二人は、いそいそとコリドールに向かう。
定食を一気に平らげた後、セットでついてきた
コーヒーを、味わい深く飲んでいた江口が、ふと思い出したかのように、週末
マタギ関連の取材で秋田に行く事になったと言う。
「ほら、俺、田舎が秋田じゃないですか。
それで、白羽の矢が立ったみたいです」
「ふーん。
ならさ、仕事が片付いたらお母さんの所に寄ってくればいいじゃん。
別にかしこまって行く事もないと思うけど、寄れたら寄るね位の感覚で」
「そうですね。そうします」
新幹線を使い、午前中、秋田入りした江口は、つてを頼り、親戚がマタギとして、代々、狩猟の仕事についていたという高齢者に、喫茶店で話を聞く。
今は秋田市の息子の家で隠居生活を送っているという男性は、過去、何回か
取材を受けた事があるとかで、江口の質問に対し的確に答えてくれた。
「マタギ」は狩猟を生業として、山岳地帯を縦横無尽に駆け巡り、熊、ウサギ
きつね、テンなどを獲る。
意外にもマタギは、単独で山に入る訳ではなく、グループで入り、メンバー、一人一人に役割が当てられているとの事だった。
まずシカリと呼ばれる頭領の役を担う男がいる。シカリは高い位置から、全体を見渡している。シカリが全体を見ている中、勢子
がじわじわと熊を追い込み、マッパと呼ばれる撃ち手達が追い込まれた熊を撃つ。
マタギとしてやっていくには、祖父から孫へ、あるいは叔父から甥へという身内間での伝承が必須とも言え、子供達は小学校の高学年に達した時点で、マタギ衆と共に山に入り、マタギの何たるかを覚えていく。
熊以外にウサギなども、狩猟対象だが、乱獲はせず、仕留めた熊は、平等に仲間内で分け、命を頂く事に感謝し、料理して胃に収める。
狩猟免許一つにしても、取得するには、かなりの行程を経ていかなければならない。
知識試験、適性試験、技能試験からなる狩猟免許試験をパスしなければならないし、これらの試験においても、運転免許のように参考書があるわけではないので、難易度としてはかなりのものになる。
又、狩猟免許を取ったとしても、銃所持許可を申請しなければ、銃を所持する事は出来ない。
プロセスとしては、警察で講習会を受けた後、警察からの人物調査が行われるのでそれを受ける。
この調査でОKが出たら、所定の場所で、飛来してくる標的を散弾銃で撃つ、実地試験を受け、自宅に銃をしまっておくロッカーも設置しなければならない。
実際「銃を所持し狩猟に出掛けて、獲物を撃つ」には、ちょっとやそっとの努力ではどうにもならないのだと、わかった江口は、男性に礼を言い、店で別れた。
その後、実家に立ち寄ると、母と姉一家の歓待を受け、手土産の一つも持参しなかった自分を、恥じた。
早朝、母は朝食も取らずに家を出る息子に何か言いたげな表情を見せたが、
仕事に集中している姿に感銘を受けたようで、結局、何も言わず
「これ、途中で食べて」
と、ラップに包まれたおにぎりを手渡した。
東京に戻り、新聞社で仕事をした江口は、豊と退社時間が重なり、連れ立って
コリドールに向かった。
「いい話が聞けたみたいだね」
「えぇ、情報提供者が、内情に詳しい人で、助かりました」
豊は、江口から、マタギとしての仕事をまかされるにはそれなりの才覚がなければなれない事、銃を所持し、取り扱う過程においては警察からの厳しい聞き取り調査もあり、狩猟免許自体も、そう簡単には取得出来ないものである事を教えられる。
「残念ながら、受け継ぐ人が、がたっと減少してしまったという事で、
今現在、やられてる方はいないそうなんです」
「命の危険が、伴うしね。でも誰か引き継いでいってくれないともったいないよな。
素晴らしい技能を、一つの文化として」
「競馬も安田記念が終わると、前半、一区切りついた感じがありますね」
「まぁね。でも中央以外でのレースもあるし。それなりにやる事はあるよ」
枝豆とフレンチフライのやや過剰な塩加減のせいか、二人の飲むペースも自ずと速くなる。
豊は、出張帰りの江口を早めに帰宅させなければという思いもありキリのいい所で
「帰ろうか?」
と促した。
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