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新学期の一日目。私が登校すると、廊下に貼られたクラス替えの紙の前に、人垣ができていた。
「あっ! うちら今年も同じクラスじゃん!」
「うそ! やったー!」
昨年につづき今年度も同じクラスになったことを喜んで、抱き合って喜ぶ女子の声が廊下に響いている。
人垣の後ろにいた私は上履きの踵を上げ、自分の名前がどこに書かれているかを確認した。
二年A組 吉田未希
存外すぐに自分の名前を見つけることができてホッとし、そして次の瞬間、思わず顔をしかめてしまった。
私の名前のすぐ下に、「吉永桃杏」という名前があるのを見つけてしまったからだ。
うそでしょ……今年も、桃杏も同じクラスだなんて。
「未希ー!」
ため息をつきかけたそのとき、聞き慣れた甘ったるい声とパタパタと廊下を駆ける足音が聞こえてきた。その声のする方を振り向いた瞬間、彼女は突進するかのような勢いで私に抱きついてきた。思わずよろめきそうになったが何とか堪える。
「やったー、会えたー!」
「桃杏……」
私は彼女の名前をつぶやく。
白い肌に、ぱっちりとした大きな瞳。胸の辺りまで伸ばしたセミロングの髪はツヤがあってサラサラだ。そんな桃杏が突如現れたのを見て、近くにいた男子が「うわ、吉永さん相変わらずめっちゃ可愛い」、と、にやけているのが視界の端に映った。
「もう、未希! 今日から新学期なのに、なんで桃杏より先に学校行っちゃうのぉ、一年のときからずっと毎朝一緒に登校してるのに、さびしーじゃん」
「ご、ごめん。でも、駅で待ってても桃杏来なかったから……」
「寝坊したから、もうちょっとだけ待っててってLINEしたのにー」
桃杏は頬を膨らませて、抗議の声を上げた。私がスカートのポケットに入れていたスマホを取り出してLINEを確認すると、確かに五分ほど前に連絡が来ていた。でも、この時間には私はもう学校の最寄り駅に着いていた時間だ。連絡をよこすのが遅すぎる……。
「あっ、ねえねえそんなことより! 何組だった? 桃杏たち、今年もいっしょのクラス?」
桃杏が、不安げに眉を八の字にしてそんなことを尋ねてくる。ちょっと上目遣いなのが、絶妙にいらつく。
「うん。今年も一緒。A組だったよ」
私がにっこりと笑みを浮かべてそう教えてあげると、彼女はパアッと顔を輝かせた。
「やった~!! 桃杏、今年も未希と同じクラスだ~! 超ラッキーだよ~!」
桃杏は、私とクラスが同じだったことが嬉しいのか、頬を手で包むようにしてはしゃいでいる。通りすがりの女子が、桃杏のことを一瞥し、「ぶりっ子、うざ」、と迷惑そうな表情で短くつぶやいたのが私の耳に届いた。
ひどいな、とは思ったけど、少し共感もできる。
「すごい確率だよね! 五クラスもあるのに同じクラスって!」
桃杏は、さっきの女子の悪口は聞こえなかったのか、明るい表情でそう言ってくる。私はそれに少しだけホッとして「そうだね」と笑って、あたかも桃杏と同じ気持ちである……というふりをした。
本当に、運が悪い。五クラスもあるのに、どうして私はまたこの子と同じクラスになってしまったのだろう。二年生でこそは、この子と疎遠になりたいと思っていたのに。
「ということで未希! 今年も同じクラスだし、これからもよろしくねっ!」
「うん、もちろん」
笑顔でそう頷く。「やさしー、だいすきー」と桃杏は抱きついてくる。
ああ、何てうっとうしい子。
心内で嘆息する。
きっとこの子は、私が桃杏と距離を置きたいと思っているなんて微塵も気づいていないのだろう。
*
桃杏と仲良くなったのは、高校一年の春だった。
同じ中学出身の子もいないなか、緊張して迎えた入学式の日のことは、今でも鮮明に覚えている。
「名前なんていうの?」
桃杏は、緊張していた私に初めて話しかけてきてくれた子だった。そのときの私は、彼女の柔らかな笑みと優しい言葉に救われた。
地味な私とは違って、垢抜けていて、明るくて可愛い。
そんな桃杏にかすかに憧れる気持ちもあり、一緒に行動するようになっていったけれど、次第に私は彼女に対してもやっとすることが増えていった。
無自覚なのかわざとなのか、あざとい仕草や表情、ぶりっ子とでもいうべきか。そこが可愛いと男子に人気ないっぽうで、女子からは「そんなに媚び売ってまでモテたいんだ?」とイライラされて何となく避けられていた。桃杏は、あざといけれど、その仕草が絶妙に似合ってしまうくらいの美少女だったからそこも余計に面白くないのだろう。
一年前、私に「よろしく」と言ってくれた桃杏のことが、今ではもう疎ましい存在になってしまっている。
*
二年A組の教室に入ると、顔見知りの子が殆どいなかった。桃杏のほかに友達をつくりたいという気持ちもあったので、知っている顔がいないことに少し落胆する。
全然しらない子に話しかけるのハードル高いし……。クラスで友達つくるの難航しそうだ。今年度も桃杏とずっと二人でいないといけないのだろうか……。
「あ、桃杏ちゃんだ」
「俺ら同じクラスとかラッキーじゃん」
私と桃杏が教室に入ると、にやにやと笑みを浮かべて、桃杏を見ている男子たちの声が聞こえた。
桃杏は気づいているのかいないのか、特に反応は返さず「席、名前の順だから、桃杏、未希の後ろだー、近いー」と喜んでいる。
「あ、教卓にプリントあるみたい。未希の分も、とってくるね」
そう言うと桃杏は教卓のほうへと歩いて行った。
男子が「友達の分まで持ってくとか優しいよな」とにやけている。桃杏は親切とかじゃなくて、こうやって自分の株を上げるために私の分までとってくるって言ったんじゃないかという、邪推がこみあげた。
「ねえ。一年のとき、B組だった子だよね? たしか……吉田さんだっけ?」
席に着いた途端、ななめ前の席の女子に声を掛けられた。
話しかけてもらえると思っていなかったので、うれしくて、「そうだよ」と返そうとした瞬間。
「なに話してるのー?」
桃杏が戻ってきた。彼女は「いや、別になんでも」と苦笑し、席を立ってしまう。桃杏のことを「ウザいぶりっ子」だと毛嫌いしている女子は多いのだ。彼女もその部類なのかもしれない。教室から出てどこかへと行ってしまった。
せっかく話ができそうだったのに……。
「未希、なに話してたの?」
「べつに……」
「いいじゃん教えてよ~、つめたーい。さみしい~」
桃杏は、大げさに言って後ろから抱きついてきた。
うんざりして、小さくため息をつく。
別に、私が誰と何を話してたか全部把握する必要なんてないはずだ。いちいちくっついてくるのも正直、鬱陶しいからやめてほしい。
けれど、それを直接言えるような性格でもない私……。
「あ、吉永さんたちもB組なんだ」
その声がした方を見て、私の心臓は跳ね上がった。
サラサラの黒髪が映える、綺麗な白い肌。道行く人誰もが振り向くイケメン、ってほどじゃないけど、わりと顔のパーツは整っていると思う。
松永くんだ……!
桃杏と同じクラスだったことに気を取られて気づいていなかったけど、彼も同じクラスだったなんて。
彼とは一年のとき、文化祭の準備のときに同じ係になったことがある。女子も男子も系統が派手めな子が多くて、あまり存在感のない私は、会話に入れなくて困っていた。それに気づいた松永くんは私にも笑顔で話しかけてくれた。それも、全然わざとらしくなく、自然な態度だった。桃杏とも係が別だったから、話し相手が誰もいなくて気まずかったのでとても嬉しかった。
おこがましいことはわかってるけど、それから私は彼に少し憧れていた。結局、あれからは接点があまりなかったけど。
でも前に、桃杏に「気になる人いないの?」って言われたとき、彼の名前を挙げてしまったことがあるから、私自身気づいていないだけで、もしかしたらこれは恋心に近いものなのかもしれない。
「けさ寝坊しちゃってさ。急いで学校来たら、吉田さんと吉永さんが教室にいたから、一年のときと同じクラスかと思ってびっくりした。おはよ」
「お、おはよう」
せっかく、松永くんが話しかけてくれてるのに、ひさびさに会話をするせいで緊張した私は、挨拶を返すので精いっぱいだった。
「松永くん寝坊しちゃったの? 今日、桃杏も寝坊しちゃって大変だったんだ~。起きた時、時計みてびっくりしちゃった」
けれど、桃杏はニコニコと愛らしい笑顔でそんな言葉を返していた。
「そうなの? でも、髪とかいつも通りちゃんとしてるよね」
「時間なくてもそういうのはちゃんとしたいの」
「吉永さんって女子力高いね。いいと思う、そういうの」
「えー、そうかな?」
桃杏がけらけらと楽しそうに笑う。松永くんも同じような表情だ。
……いいな、桃杏は。あんなふうに松永くんと会話ができて。私は桃杏みたいには話せない。うらやましく思っていたら、桃杏はとんでもないことを口にした。
「ねえ、松永くん、桃杏とLINE交換しない?」
驚いて、私は思わず桃杏を見てしまった。
……えっ?
「LINE? 全然いいよ」
「やったぁ~」
連絡先を交換する二人を、私は信じられない思いで見つめていた。
私が松永くんのことが気になってるって言ったのを、桃杏は覚えているはずだ。ほかの男子からの褒め言葉は全部スルーするくせに、かっこいい松永くんには自分から話しかけて、LINE交換までしちゃうんだ。私が松永くんのこと好きだっていうの知ってたはずなのに……。
机の下で、スカートをぎゅっと両手で握りしめる。
「私、ちょっと、トイレ行ってくる」
「えー? 未希ー?」
桃杏の声が背にかかったけれど、私は逃げるようにして席を立ち、教室から出た。
いくら何でも、こればっかりは許せない。
*
HRが始まる前の廊下を、重苦しい気持ちをかかえたまま私はすたすたと進んでいく。
正直、ちょっと見損なった。桃杏があんな、抜けがけみたいなことするなんて、思ってなかった……!
女子トイレの近くを通りかかった時だった。
「最悪だわ、あのぶりっ子とクラス同じとか」
さっき教室で私に話しかけてくれた女子の声が聞こえてきた。思わず足が止まる。
「どうしたん? 機嫌わるくない?」
「さっき教室で吉田さんと喋ってたらさ、アイツ会話に割って入ってこようとしてきて」
「うわ、それはウザい」
「でしょ? ていうかさ、桃杏と四六時中いっしょにいて吉田さん疲れないのかなー」
疲れるよ……。
彼女たちの言葉に、思わずそう口に出してしまいそうになった。
「いや、それは私も思う。ていうか、メイク直さないの?」
「あ、教室にポーチ忘れて来たわ。とってくる」
ハッとしてその場から離れようと思ったけど、間に合わなかった。
「うわっ、吉田さんじゃん」
女子トイレから出てきた彼女と廊下で鉢合わせてしまった。
「あー、今の話きいてた?」
「まあ……」
「ぶっちゃけどう? ぶりっ子にまとわりつかれて。うざくない?」
普段の私だったら、きっと「そんなことないよ」とか桃杏をかばっただろう。でも、あんなことがあった直後だったせいか、言ってしまっていた。
「まあ、ちょっと、うざい……かも」
場に沈黙が流れる。
口に出してから気づいた。今のはさすがにやばかったかも……。
「だよね!?」
けれど、彼女がそう大きな声を上げた。びっくりして目を瞬いてしまう。
「いや、『今年も未希と同じクラス~、これからもよろしく~』とか朝、あいつはしゃいでたけどさ、あんな奴にまた一年間もウザ絡みされなきゃいけないってわりと最悪じゃんね!?」
彼女は笑っていた。
言葉は悪いけど、言っていることは私の心境としては間違っていなかった。
「ていうか吉田さん、桃杏となんかあったの? 一人でいるとか珍しいし」
「いや、べつに何でも……」
目が泳ぐ。
「いいじゃん、教えてよ。今、ここに桃杏いないし」
少し圧をかけられたような気がしなくもなかったけど、そう言われて私は、さっきあった出来事を彼女に説明してしまった。誰かに、「それはつらかったね」って言ってほしかったのだ。
事情を説明すると、「うわ、それはありえないわ~」と非難の声が上がった。
「やっぱり……?」
「当たり前じゃん。友達の好きな男とろうとするとかマジむりなんだけど。吉田さんよくそんな奴と一緒にいてあげてるよね。天使じゃん」
「いや、そんなこと……」
「あっそうだ、吉田さんさ、うちらのグループ入れば?」
突然、笑顔を浮かべてそんな提案をされ、思わず「えっ……」とたじろいでしまう。
「だって、あんな子と一緒にいても楽しくないでしょ?」
「それは……」
「遠慮とかしないでよ。てか、放課後ひま? きょう新しくできたカフェ行こうってさっき話しててさー。吉田さんも行こうよ」
彼女は、スマホを取り出して、お洒落な内装のカフェを見せてくれた。
少しだけ、ホッとしてしまった。これで、桃杏から離れられる。もうイライラしなくて済むんだ……。
「う、うん、行く……!」
私が返事をすると、彼女は嬉しそうに笑んだ。
*
教室に戻ると、桃杏は「一人でさみしかったー!」と抱きついてきた。松永くんは男友達と喋りに行ってしまったようだった。
それにしても、桃杏はうっとうしい。イラっとする。
けれど、放課後には新しい友達とカフェに行く約束をしている。桃杏以外の子と遊ぶのなんて、いつ以来だろう。そう思うと心が躍り、桃杏に話しかけられてもあまり苛立ったりしなかった。
「未希、きょう帰りにプリクラ撮りに行かない? 高2になった記念~」
早くカフェに行きたいとそればかり考えて新学期の一日目を終えた。放課後になるなり、桃杏がそんな誘いを持ち掛けてくる。けど、残念。私はもう桃杏とは距離を置くと決めているのだ。私が、「ごめん。今日は先約があって」と断ろうとした瞬間。
「あー、ごめーん」
意地の悪い声色が割って入ってきて振り向くと、そこにはカフェに行く約束をした彼女と、その友人たちが冷たい笑みを浮かべて立っていた。
「悪いんだけど、吉田さん今からうちらとカフェに行くんだよね~。ね? 吉田さん」
「え、うん……」
私は、何だかこのとき違和感を覚えてしまった。私に、グループに入りなよ、と誘ってくれたときの彼女とは、どこかち違うような気がしてしまったのだ。
「桃杏も一緒に行っちゃダメ?」
桃杏がおずおずと尋ねる。瞬間、彼女たちはふっと馬鹿にするような笑みを浮かべて見せた。
「は? ダメに決まってんじゃん。マジでうざすぎでしょ」
あからさまに悪意のある言葉を受けて、桃杏は一瞬驚いたようだったが、やがて傷ついた表情になってうつむいた。
なぜだか、ずきりと胸が痛むのを感じた。桃杏のそんな表情を見たのは、初めてだった。
「ほら、吉田さん行こー」と彼女に強引に腕を引っ張られ、私は桃杏を残して教室を出てしまった。
「見た? あの子の顔!」
「やばかったよね、超傷ついてます、みたいな顔して」
「ほんと笑えるわ。吉田さんもスッキリしたでしょ?」
頷けなかったのはどうしてだろう。
たしかに私は、桃杏のことを許せないと思っていた。それなのに、今の状況をあまり嬉しく思えないのだ。
「なに浮かない顔してんの~。べつにいいじゃん、これぐらい」
くすくすくす、という笑い声が耳朶にへばりつく。
この子たちは、本当にこれで良いと思ってるのだ。
そう気づいて、ゾッとした。これじゃまるで、いじめみたいだ。
「あ、あの私、やっぱりカフェやめとこうかな……」
「ええ~? なんで? あいつのこと嫌いなんじゃないの?」
「私は……」
たしかに、桃杏といると、もやもやすることがある。でもそれは、嫌いだったからじゃない、私は、きっと。
「桃杏に、私の気持ちをわかってほしかっただけ」
くっついてくるのやめてほしいとか、そう思ってたはいたけど、ずっとその気持ちを桃杏に伝えていなかった。伝えなきゃ、知ってもらえるわけないのに。伝えることから逃げて、一人でもやもやしていた。
「ごめん、やっぱり戻る」と告げると、彼女らは「何それ、超つまんない」と冷めた口調で生徒玄関へと向かっていった。彼女は私と仲良くなりたかったわけではなく、ただ桃杏のことを傷つけられればそれで良かったのだ。
急いで教室に戻ると、一人で帰り支度をする桃杏がいた。
謝ろうと思ったら、気づいて振り向いた桃杏が神妙に「ごめんね」と言った。
「もしかして未希、桃杏のことがうっとうしかったのかなって気づいて……。ごめん……さみしかったの、桃杏のお家、ママもパパもいつもお仕事でいないから……」
さみしげに笑みを浮かべた桃杏と、初めて知る事情に何だか少し胸が締め付けられた。
「あ、ていうか、こういうの言い訳だよね……ごめんね」
「ううん……。そうだったんだ。私もごめん……」
「ねえ未希。未希は桃杏に不満とかない? あったら今言って?」
「え……」
「いいよ。未希が思ってること知りたいの」
「……なんで今朝、私が好きなの知ってるはずなのに、松永くんとLINE交換したの?」
心臓がいつもよりせわしなく鼓動している。どういう返答が返ってくるのか、少し、不安だった。
「それは、未希と松永くんの仲を取り持ってあげようかなあって」
「え?」
桃杏のまっすぐでひたむきなその目に、私は思わず首を傾げた。
どういう意味?
「ほら、男の子って連絡先交換したら、すぐ『どっか遊びに行こう』って言い出すでしょ。松永くんが誘ってきたら、『じゃあ未希も一緒なら行ってもいいよ』って言って、桃杏と未希と松永くんの三人ででかけて、どさくさにまぎれて桃杏がいなくなれば、未希と松永くんが二人でデートできるんじゃないかなーって……とっさに思ったからだったんだけど……」
自信なさげな表情になっていく桃杏。
「そ、そうなの? 桃杏も松永くん狙ってたとかじゃなくて?」
「全然ちがうよ! 桃杏、同い年くらいの男の子タイプじゃないもん! 年上の男の人が好き!」
笑いながら言われて、気づいた。いつだったか、前に桃杏と恋バナしてたとき、「桃杏は、宮野先生の顔がタイプ」とか、教育実習の先生の名前を挙げていたことを。
「桃杏、同い年の男子のこと好きとか思ったことないし、好かれたいとかも思ったことないよ。男子に媚び売ってるとか言われてるの知ってるけど、本当にそんなつもりじゃないもん」
桃杏は拗ねたような声だった。
「桃杏……」
「桃杏べつに男子にモテようとしてこの喋り方なわけじゃないよ、これが桃杏の素なの。あざといって思われても仕方ないかもしれないけど、桃杏が一番可愛くて良いなって思う話し方してるだけだから、ぶりっ子とか演技してるわけじゃないし……。でも、もう未希は桃杏のこと嫌になっちゃった? あのグループでこれからも過ごすの?」
「ううん……。私が間違ってた」
桃杏の問いを頭を振って否定する。
「ほんとに? 嫌なところあったら直すから言って?」
「えっと、抱きついてくるのを少しだけ控えめにしてもらえると……」
「わかった!」
桃杏はスマホのメモ帳に真剣な表情でメモをとっていた。その様子を見ていたら、申し訳なさが一気にこみあげてきた。
「あの、桃杏。本当さっきはごめ……」
最後まで言う前に、桃杏は私の唇に自分の人差し指を押し付けて、ふさいできた。
「何度もごめんねって言わなくていいよ。悪いことしちゃったって思ってるんなら、これからもよろしく、って言って?」
桃杏は、お願いするような口調で、首をかしげてみせる。人差し指が、唇から離れていく。
「これからも、よろしく」
「うん!」
桃杏が大きく頷く。何だかくすぐったい気持ちになって、二人して笑った。
「桃杏たち、なんか初めて喧嘩っぽいことしちゃったね」
「記念にプリクラ撮りにいこうか?」
「わーい! あとね、桃杏ドーナツも食べたい!」
「しょうがないなぁ、行こうか」
自然と口の両端が持ち上がった。
いつかまた、桃杏のことで悩む時もあるかもしれない。でも、そういうときは、今日のことを思い出そう。私は結局、可愛くて明るくて、ときどきちょっとうっとうしい、そんな桃杏が大好きなのだ。
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