今宵、真っ赤なバラを

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 今日は、大切な家族の誕生日。たくさんのごちそうを作った。我ながら、上出来である。テーブルの真ん中には、四十本の真っ赤なバラの花を飾った。帰ってきたら、驚くだろう。喜んでくれるだろうか。 『もう、諦めるよ』  三十代最後の日。彼女は、そう言った。僕は、何もできなかったし、言えなかった。この十年、僕たちの日々は、一喜一憂だった。 『大丈夫だよ、きっと』 『今度こそ、大丈夫だよね?』 『やっときてくれたから、今回こそ……』  繰り返すたび、彼女の心に大きな傷ができた。でも、男の僕には何もできない。心の奥底にできた傷を癒してあげられない。かけてあげる言葉もみつからない。こうやって料理を作ったり、彼女が喜びそうなことをしても、いつも最後には泣かせてしまうのだ。 『夫婦ふたりで幸せに暮らしている人は、たくさんいるし。子どもがいなくても、私たちは幸せ……』  そこまで言うと、彼女は言葉を詰まらせた。諦めたくはないけれど、諦めざるを得ない年齢を迎えてしまうから、もうここで区切りをつける。彼女の決断に、僕は、ただ何もできずに俯くことしかできなかった。 『諦めないで、がんばろうよ』とは言えないし、かと言って『君が辛く苦しんでいる姿を見たくはないから、諦めてほしい』とも言えない。彼女の、思う通りにしてほしい。そのためなら僕は、金も時間も惜しまない。  だから、諦めるという決断も受け入れた。彼女が決めたことだから。  
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