いち モブおじ先生の生活 

5/8
277人が本棚に入れています
本棚に追加
/173ページ
 気がついたのは、ゲームの舞台である主人公達が入学する前の年で、自分はこの世界で、名前すら設定されていないモブキャラクター、魔法生物学教師のビリジアンに憑依してしまった、ということだった。  ネタバレサイトで見たゲームの内容を思い出しても、ビリジアンの名前はおろか、魔法生物学などという教科すら書かれていなかった。  つまりストーリーに絡むことなく、生きていても死んでいても、何も変わらないモブキャラ。  確かに記憶が無くなる前に始めようとしていたのが、例のゲームだったので、理解し難いが、その中に入ってしまったとしか考えられなかった。  せめて、憑依するのが攻略対象者のイケメン達の一人であったなら、また気分も違っただろう。  モブなんて最悪だとしばらく落ち込んだ。  しかしよく考えれば、このビリジアンという男は、なるべくしてなった、というか、世界や設定は違っても、イチローにとてもよく似ていたのだ。  歳は同じ三十八、独身で両親は他界して兄弟親戚もなく、恋人もいなければ、友人もいない。  毎日、学園と家の往復で、休みの日は仕事であり趣味である、魔法生物の飼育と研究で終わってしまう。  同じ歳であり、空気が妙に馴染むというか、若いイケメンになって、貴族の世界でガツガツしながら生きるよりも、仕事と趣味でのんびり生きることの方に魅力を感じてしまった。  幸いこの世界の知識は頭の中に備わっていて、魔法生物学についても、しっかり入っていた。  何より仕事がある、というのが一番大事だ。  無職と就職活動の辛さを思い出したら、モブキャラといえど、定職のある生活に魅力しか感じなくなった。  ビリジアンに唯一関わりがあるのが、亡くなった父親の友人だったという学園長で、彼の愚痴というか文句からビリジアンの人となりを探り出した。  トンチンカンなことを言って、疑いの目を向けられたら、頭を打った話をして何とか乗り切って、ビリジアンとしての生活を続けてきた。  そういうワケで、恋愛ゲームが舞台の異世界で、全く物語に絡むことがないモブキャラに憑依して三ヶ月。  イチローことビリジアンは、ゲームの世界のアラフォー独身教師の生活に、しっくり……じゃなくて、すっかり慣れてしまい、日々の生活を地味ながら順調に送っていた。 「ただいま帰りましたよぉ」
/173ページ

最初のコメントを投稿しよう!