15人が本棚に入れています
本棚に追加
そのお店は渋谷センター街の中ほどにあった。
ありふれた雑居ビルの前で、私は人の流れを避けながら瑠璃乃っちに声をかける。
「何でいつものサロンじゃないの?」
瑠璃乃っちはそのアニメのような顔を近づけると声を落とした。
「……ここ裏サロなんだ」
「裏サロ!」
思わず大きな声を上げてしまってから、私は口元を押さえた。
「裏サロぐらいみんなやってるよ」
「そーだけど……」
裏サロン。表向きはメイクやネイル等をする普通のサロンとして営業しているけれど、裏メニューで非合法の処置もしてくれる店だ。
非合法とはいえ、暗黙の了解というか、よっぽどの規程違反でない限り管理センターも大目に見てくれるので、高校生でも結構やっているらしい、っていうのは私でも知っている。
「でも、高いんじゃない?」
「その為にバイトしたんだもん。際どいとこまで攻めるよー」
「えっ? そのアニメ顔、個性強すぎて飽きたんじゃなかったの?」
私は思わず不自然なほどに大きな瞳を覗き込んだ。
奥行きを感じられない真っ黒な瞳の中には、白い星マークが浮かんでいて、その周りは瞬きをしたらバサバサと音がするんじゃないかってぐらい長い睫毛が覆っている。
「だってまた2週間したら点検日でしょ? せっかくお金かけるんだから、やりたいようにやらなきゃ」
「まーそうだけど……」
そう、私達は1か月に一度、体全体を覆う被膜スーツの点検と調整の為に管理センターを訪れなければならない。
被膜スーツは今から100年前、人類総公平法が制定された際に開発された。
全ての人間は生まれてすぐ被膜スーツに入れられる。
スーツに覆われていれば、人種も性別も体格も身体的特徴も一切関係なく全員公平だ。その後の人生は、全部本人の努力とほんのちょっとの運だけで決まる。
元々持って生まれた容姿や能力によって、その後の収入に差が出たり、待遇に違いがあっありするのは不公平だ、という考え方だそうだ。
お腹のところにスーツ内の環境を制御するICチップが埋め込まれていて、知識や情報の読み込みはチップを経由して行われるから、基本的学力もみんな同じ。
けれど、そのままではただのロボットと同じになってしまうので、個人的に努力をすればその分だけポイントが加算されるようになっている。
職業によって必要なポイントが決まっているから、医者や教師になりたい人は日々勉強して学習ポイントを稼いでいるし、スポーツ選手になりたい人は、筋トレ等を行って運動ポイントを上げている。
そして、中に入っている人間の肉体は成長するし老化もする。
だから私達は1か月に1度、被膜スーツ管理センターを訪れて調整をしてもらう。
特に成長期は、スーツをこまめに大きくしていかなければならない。
そしてそのついでに、全体の点検と中の肉体のクリーニングもしてもらうのだ。
スーツが開発された当初は、年齢による大きさ以外、デザインは全て同じにしようとしたらしい。けれどそうすると、人としての自由度がなくなってしまうのではないか、という意見が出てきた。
そこでスーツのデコサービスが始まったのだ。
どうせ1か月に1度スーツを脱がなければならないのだから、その際に好きなデザインに変えてくれるというものだ。
とはいえどんなデザインでも良い訳ではない。基本は人型で年齢に合ったもの。そして倫理的に問題のないデザイン。スポーツ等で有利にならないよう身長の上限も決まっている。
けれど人間の欲望には限りがない。
規定外のデザインで個性を出したい人。若見せしたい人。その他、瑠璃乃っちのように次の調整まで待てない人達が裏サロンに訪れるようになったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!