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放課後。
少し話している間に、教室には、あたしとモッチしかいなくなっていた。
家が近いあたし達は、朝は別々だけど、いつも一緒に下校している。
だけど、普段からずっと2人で行動しているわけではない。あたしはあたしで仲のいい子がいるし、それはモッチもそう。
けど、小さい頃からよく一緒に遊んでいたあたし達は、なんとなく帰り道は一緒に歩いた。
だんだん雨の音が強くなってきたようだ。
あたしは、ランドセルに机の中の教科書やノートを詰めて立ち上がった。
「そろそろ帰ろ。雨、酷くなってきちゃったよ。」
モッチも、窓を見ながら答える。
「…ほんとだ。朝晴れてたけど、傘持ってきてよかったぁ。」
モッチも立ち上がって、2人、いつも通り一緒に帰ろうとした時。
「モッチー!」
「ねぇ、モッチ。これから、体育館でドッジするから、一緒にやろーよ!」
なっちゃんとモカがやってきて、モッチを誘った。
普段、モッチが仲良くしている彼女たちは、最近よく、放課後体育館でドッジボールをして遊んでいるようだった。正直、あたしはなっちゃんとモカが苦手だった。嫌い、というわけではないんだけど。
モッチは、あたしを見た。自惚れでなきゃ、今から一緒に帰るのに…という顔をしている。
「でも…」
モッチが言った。
すぐになっちゃんとモカも口を開いた。
あたしの方を見ながら。
「モッチさぁ、いっつもあんたと帰るよね。」
「なんなん?モッチのこと、独り占めしないでよ。」
「モッチは、あたしらのもんなんだよ?」
ドキドキする。
すごくドキドキする。
なんだか息が詰まる。
あたしは咄嗟に、口を開いて言った。
「べつに、独り占めする気ないよ。モッチ、遊んできなよ。あたしは大丈夫だし。」
声が裏返らないように、必死に平気なふりしてやっとそう言った。
「いや、でも…」
と言いよどむモッチ。
やめてよ。モッチ。なっちゃん達と遊んできなよ。
「ねぇ、ほら、こう言ってんじゃん。いいじゃんモッチ。」
耐えきれなくなって、あたしは「じゃあね!!」と叫んで、なるべく普通に早歩きして教室の扉に向かった。
「そうそう。あんたはそれでいいんだよ。」
なっちゃんの満足そうな声が聞こえた。
ざまぁみろ、と言っているような気がした。
それでも、なんにも気にしてないふりして、なるべくなんでもないように早歩きで教室を出た。
モッチが、待ってとあたしの名前を呼んだ。
「モッチ!ねぇ、もういいよ!遊ぼうよ!ひとりで帰るってさ。」
聞こえてしまった、なっちゃんの、そんな言葉が恐ろしかった。
教室を出て少し経ったら、あたしは直ぐに走り出した。
モッチなら、追いかけてきてくれそうな気がしたから。
追いかけてきて欲しくなかった。
逃げよう。
走って走って、階段を降りて、これ以上ないくらい急いで内履きを履き替えて、玄関を飛び出した。
雨よ降れ。もっと降れ。
どうかあたしを隠して。
さらに走る。
お願い。雨よもっと降れ。
きっとあたしを追いかけてくれる、あの子が歩き出すのを躊躇うくらいに。
安全帽が下がってくる。前が見づらい。でもそんなの気にする余裕は無い。
その時、ドンッと、人にぶつかった。
うわっとあたしは尻もちをつく。
「大丈夫?!」
と焦った声が聞こえた。
バッと見上げると、今年新しくやってきた新任の先生だった。
「ごめんね。怪我は無い?先生気づかなくって。」
ぶつかったのは、あたしなのに、先生はそう言って、アタシを立たせてくれた。大丈夫、と小さく返す。
「あれ、もしかして傘、忘れたの?だから、走ってたのかぁ。」
そういえば、傘を持ってきていたのだった。
必死で、傘立てにそのまま置いてきてしまったみたいだ。
「えっと…」
それっきり、俯いて私は何も言えなくなってしまった。どうしよう。こうしている間にも、モッチが、追いついてしまうかも。
どうしても、会いたくなかった。追いついて欲しくなかった。逃げなきゃ。
ドキドキする。
どうする。
雨よ降って。
また逃げよう。
ドキドキする。
もっと降って。
逃げなきゃ。
「じゃあ、これ、どうぞ。」
先生があたしを呼んだ。
その瞬間、なんだか暖かくなった。
先生がさしていた傘を、あたしに傾けてくれたからだった。
「貸してあげます。雨に濡れちゃうし、風邪、ひいちゃいますから。」
「え、でも。」
「大丈夫。先生、今日はもう帰るんだ。ほら、車だし。傘がなくても平気です。」
そう言って先生は、あたしに傘を握らせた。
青空色に、真っ白い雲の浮かんだ傘だった。
ドキドキが、落ち着いていく。
「この傘、珍しいでしょう?特別な傘なんです。この傘をさしていれば、どんな酷い雨だって、きみの頭の上だけは、晴れ模様なんですよ。」
ね?すごいでしょ、と先生がにっこり笑う。
「……ありがと、ございます。」
「大丈夫。この晴れ模様が、しっかりきみを雨から守ってくれますからね。」
気をつけて帰るんだよ、と、そのまま先生は車に乗って行ってしまった。
傘を見上げた。
あたしも、歩き出した。
さっきまで、必死に走って息を切らしていたけれど、先生と話してるうちにすっかり落ち着いた。
上を見上げてみると、そこにはきれいな晴れ模様。
青い晴れ空の下の先生は、笑っていた。
「大丈夫。いつかきっと、笑って思いだせますから。」
なら、あたしもきっといつか。
あたしは、いつも通り歩き出した。
なんだかもう、何も怖くなかった。
さっきまで、あたしはあんなにドキドキしていたのに。
ただ、ただ歩いて家を目指す。
途中、こっそり後ろを振り返った。
向こうに、小さく、赤い傘。
モッチだった。
少し待てば、もしくはモッチが走ってきたら、モッチはあたしに追いつくだろう。
そんなに遠くない。
けれど、あたしは待たなかった。
特に早歩きなんてしないで、いつも通り歩く。もうドキドキしなかった。
この暖かい晴れ空の傘が、あたしを守ってくれる。
このまま歩いていこう。
モッチがあたしに追いついたら、あれ、きちゃってよかったのって笑って言おう。そうして残り短い帰り道を一緒に歩いて行こう。
けど、モッチがあたしに追いつかなかったら。
その時は、これからも、1人で帰ろう。
それでいい。
「明日、先生にお礼と、傘返さなきゃ。」
ふふっと笑って、あたしはくるくると、晴れ模様を回した。
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