第3章 三角関係に似た何か

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「なるほど」 素直に相槌を打つしかない。ていうか、そう言っちゃってる時点で。その台詞がただの方便ってわたしにぶちまけちゃってるけど。それはいいのか? 彼は誠実そのものっていう爽やかさを残した顔つきのまま、悪びれることもなくぬけぬけとその先の言葉を継いだ。 「ああいうのはさ。いっそ照れたり躊躇ったら負けだね。自分で自分の言葉を心底から信じる、って暗示をかけるに限る。俺は本気で結婚に夢があるんだ。そういうのは好きな子としかしたくないの!ってね」 何だろう。…誠実さの印象が今、一気にだだ下がっていったように思うが。 彼はむしろ浮き浮きと、弾むような足取りで前に進みつつ楽しげに続けた。 「そしたら、じゃあ遊びやその場限りじゃない一生の正式なお付き合いはどうです?ここにいる女の子たちはどの子もフリー、選り取り見取りですよってずらっと綺麗どころが俺の目の前に並ばされて…。切羽詰まってそのとき、君の顔が。俺の瞼の裏に蘇ったわけよ」 「う。…わたし?」 なんか、やな予感。 彼はそこで足を停め、釣られて立ち止まったわたしに視線を向けて深々と頷いた。 「そう。…成り行きっちゃ成り行きだけど。実は既にここで気になる女の子に出会いました。今この場にいるお嬢さんたちは皆さんお綺麗だけど。自分はもう彼女のことしか考えられないです、って頑として言い張ったんだ。そしたらそれはそれでありか、ってなったらしくて。あの人たち」 しばらくの間、ぼけっと待たされてる高橋くん本人とサルーンの綺麗どころの女の子たち放っぽらかしで偉いさんたちは部屋の片隅で額を突き合わせて、しきりに激論を戦わせていたという。 「それでようやく結論が出て。それなら承知しました、その子をここにいる間あなたの付き人として正式に任命しましょう。一応婚約者的な立場の幼馴染みがいる子なので。あなたに素直に絆されてくれるかどうか、そこまでは保証はできないんですが。まあそのときはそのときで、また皆で改めて今後どうするか一緒に考えていきましょうか?って心配そうに付け加えられたけど。それって最高の好条件じゃん!って大歓迎だったんだけどね。そのときは…」 「…口説いても頑として靡かない、くらいがちょうどいいってことだったんですね。まあ…、理解は。しました」 わたしは力なくため息をついた。 何のことはない、ただ都合のいいタイミングで偶然そこに居合わせた。ってことだけがわたしが選ばれた条件だったのか。 何でなんだろ、ほんの短い間顔を合わせたってだけの縁だったのに。あんな夏生みたいな小うるさい面倒くさいこぶがついてる女をどうしてあえて付き人に指名するんだろう。と昨日からずっと不思議に思ってた。 だけどちゃんとそこには理由があって。集落中からあいつあの子のこと狙ってるんだ、と周知されてても。そう簡単に女の方は転ばない、全然口説きが奏功しないみたいだけどまあそれは、無理ないよね。と全員から素直に納得してもらえるような難物であることが選ばれたポイントだったのか。なるほどねぇ…。 引っかかってた不可解ないくつかの疑念が今の種明かしで一気に晴れて、パズルピースがあるべきところにぴたりと嵌った。 思ってたよりずっとしょうもない理由だった。と知って何となく力が抜けたわたしの隣で、彼はごく上機嫌で調子よく喋り散らしながら再び耕作地目指して歩き出す。 「まあそういう次第なんで。周りからはそんな感じに気を遣われると思うけど、あまり取り合わないで適当に流して。俺との仲が進んでるかどうかとか、山本さんあたりが何かと探りを入れて来るとは思うけど。自分も決まった相手がいるわけですから…とか何とか。気が進まない振りで通してもらえればさ」 振り、じゃないよ。まるでわたしが実はその気があるみたいな言い方はやめてもらいたいんですが。 「いや勘弁して。わたしが決まった相手に義理立てしてるみたいな噂が万が一あいつの耳に入ったらさ。速攻で役場に引っ張られていくことになっちゃうよ…」 ぼそぼそと毒気を抜かれた声で抗弁する。彼は大して堪えた風もなく、そりゃそうかぁ。とからからと笑って呑気に首を傾けた。 「じゃあ、二人の間でどうしても選べなくてどっちに行くか揺らいでる。みたいに曖昧に濁しておいてよ。煮え切らない悪い女みたいに見える?まあそこは、確かに。…けど、運がよければ。彼氏がそんな純架ちゃんに愛想をつかして、向こうから見放してくれるかもよ。どのみちこのままゴールに引きずられてく流れに一旦水差せることは間違いないんじゃないかなぁ。ってことで、ひとつよろしく。…あ、でも。一応言っとくと俺、別に女性嫌いとか性的に無理とかじゃないよ?普通に女の子が好き。だからどうせ、同性愛者だろ。とか勝手に判断してあまり油断し過ぎないで」 「ああ。…そうなんですか」 どうでもいい。と思いつつ、内心あまりのガードの固さに、もしかしたらそうかも…と半分疑念を抱きかけていたので。なんだ、そっか。とちょっと気抜けする。 彼はまるで深刻さのない気楽な口振りでぺらぺらと喋り続けながら、前方の林の隙間に見えてきたものに目を凝らしているようだ。
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