第4章 地上最後の楽園で

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第4章 地上最後の楽園で

まあ、そんな風に早々な段階で身も蓋もなく内情をぶっちゃけてもらったせいで。出会って三日からそこらしか経ってないにも関わらず、わたしと高橋くんとの間の空気はそこで一気に気安さを増した。 つまり自分は、何とか彼が気に入りそうな女の子を当てがおうと虎視眈々と様子を伺ってるおじさんたちからの目眩しなわけね。とはっきり言ってもらえた方が。こそこそと意図をごまかされて利用されるよりはまだ気分もましだ。それに事情を承知していれば、充分立場を弁えた立ち居振る舞いだって選択し易いはず。 そういう意味では、高橋くんの本音を測りかねて疑心暗鬼だったときより。ずいぶんわたしの気持ちも楽になった。 何よりこの人、わたしに気があるの?ないの?と距離感に迷いながら手探りで彼との接し方に悩まなくて済む。自惚れてるわけじゃないけど、少なくとも山本さんや夏生にはそう思われてるって根拠がなくもないので。 …そう、わたし自身はそれで納得してとりあえず収まったけど。問題はまだ残ってる。山本さんレベルはいくらでもごまかしが効く(『高橋さん、ですか?うーん、わたしのことをどう思ってるかは…。あの方、今ひとつはっきりしないんです。だからってわたしの方からどうかって言うのも、変ですし…』とか、戸惑いの表情を浮かべて男慣れしてない女の子らしく、気後れした声でぼそぼそ呟いてればいい。それでもこっちから積極的に迫れ、とは向こうもごり押しできないだろう。わたしはそっちは全然専業じゃない、ただの素人なので)が、夏生に関して言えば。もう少し扱いには慎重を期す必要がある。つまりひと言で表現すれば、面倒くさい。 何といっても多少山本さんが情理を尽くして懇々と諭してくれたとしても。それであいつがああそうですか、と素直に心の底から納得して引っ込んでくれるとは期待しづらい。 まして、当の山本さんも含む役場の人たち、村長や集落の上層部のお偉方も本音では半ば以上、わたしが高橋さんの心を射止めてこの土地で身を固める決心をつけさせてくれたら…と内心で願ってる。ってのが拭いがたい現実であるわけだし。 そういう空気が何らかの形でやつの本能にこの話はどこか胡散臭い。と感じさせて、より警戒心をかき立てる可能性はなくはない。というか、集落全体がそういった無言の期待を滲ませるようになったら。こういうことには敏感に反応するあいつのこと、すぐに剣呑な成り行きに気づくに決まってる。 わたし自身は自分が高橋くんと今後どうにかなる、って展開にはならない。とはっきりわかってるからいいが、夏生がずっと嫌な予感で苛々かりかりしてこっちにちょっかいを出し続けてくるのはどうしても避けたい。単純に仕事の邪魔になるので。 いろいろと考えた挙句、言葉を選んである程度やつには早めに事情を説明しておくことにした。お前の立ち位置もこっちの内側に入れてある、という伝え方をした方が。あいつも疑心暗鬼で余計な苦しい思いをしなくても済むと思ったから。 そういうわけで、高橋くんのあの開けっぴろげな打ち明け話を聞いたその日の夜に、わたしは夏生の家を訪れた。病弱な身体、とは一見わからないくらい陽気でちゃきちゃきしたやつのお母さん(まあ、考えてみれば。体質や健康状態と性格とは、わたしたち皆が無意識に考えてるほどリンクしてるわけじゃない)が純架ちゃん!とわたしを見るなり手放しで歓迎してくれる。 「久しぶりねぇ純架ちゃんの方からうちに遊びに来てくれるの。てか、あの子迷惑かけてない?うるさくてごめんね、いつも。純架ちゃんのことが好き過ぎて…」 「うっせぇなババア。…放っとけや。別に、好きとかそんなんじゃねーし。こいつがポンコツなんだよ。俺はボランティアで世話焼いてるだけだから、単に」 お母さんの背後からのっそり出てきたでかい図体。その辺歩こうよ、と誘い出して振り向くと、玄関で夏生の母さんはごめんね。と身振り手振りで身を縮めてわたしに頭を下げていた。 夏生のことは別に何とも思わないけど、わたしがこいつとは絶対結婚しない。とはっきり断ったら心優しい彼女はどう思うだろうなぁ。やっぱりがっかり気落ちしちゃうのか…っていうのが。結局自分の思うところをなかなか表明できずに、つい腰砕けになっちゃう理由でもあるのだが…。 「…ガイドの仕事、どうだった。今日から正式に担当だろ。あいつに何かされなかったか?嫌なこととか」 ぼそりと切り出され、慌てて頭を切り替える。珍しく苛々でも恫喝でもない。一応これでも気にかけてくれてるのか、と思うと。ちょっと心が痛まなくもない。 「それは大丈夫。心配してくれてるなら…」 とそこで言葉を飲み込む。はぁ?何言ってんのお前?心配なんかしてねーし!何自惚れてんのぉ〜?と急に変なスイッチ入ってくだ巻き始めるのは目に見えてる。面倒くさいでしょ?…面倒なんだよ、実際! だから言葉を選ぶしかない。子どものときからこれなので、さすがにもう扱いに慣れた。
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