第4章 地上最後の楽園で

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わたしは落ち着き払って、なるべく突っ込みどころが少なそうな言い回しを慎重に選んだ。 「普通に仕事だから。向こうはただ集落の中のことを知りたいだけで、こっちはそれに対応してるだけ。その日のメニューが終わればぱっと戻ってくるし、別にそれ以上の余計なコミュニケーションは取らないよ。至って事務的」 「お前の方はそうでもさ。あっちは絶対、下心あるだろ。みんな噂してるぞ、あの男がどうしても純架じゃなきゃ嫌だって駄々こねたって。何でもサルーンの女の子たち、どれでも好きなの持ってっていいって勧められたのに。お前以外は興味ないって断ったって話だぞ?外見だったら。どう見てもレベル雲泥の差なのに…」 失礼だな!本当お前。 こう見えても実際には、将来はここで働かないか?ってちょっとだけ勧誘されかけたことだってあるんだぞ。お前にはいちいち打ち明けてなかったが、そんなこと。 あそこで働いてる子が見せてる顔は完璧な夜バージョンで、きっちりプロの化粧と照明とドレスのせいでグレードアップしてるだけで。普段の素顔はわたしとかと言うほど変わらないんですけど、とかここで言うのも。まあ、大人げないな。やっぱり。 サルーンの内側の女にならなかった以上、わたしとあそことの関わりは今後もうあり得ない。そう考えてわたしは胸の内で矛を収めた。客として訪れる可能性がある男はともかく、働くルートが途切れれば女にとってはあの場所はもう、存在してないのと同じだ。 とりあえずそこでそれ以上言い返すのは諦めたけど、言いたい放題のディスりに何とももやもやした思いが喉から湧いて出てきそうなのをぐっと飲み下して堪えた。 ときどき,やっぱりこいつわたしのことなんか全然好きでも何でもないのでは?と本気で考え直すことがある。 そこまでわたしに魅力がないと思ってるならさっさと離れればいいのに…と思うけど。そこを突っ込むと、だからこそお前でもまあいいや。って妥協してくれる男なんか他にまずいないだろ?とかいけしゃあしゃあと言ってのけるのは目に見えてるので。こっちももう言い返す気も起きない。 そうやって矛盾点を突いて徹底的にやり合うのがもう面倒くさくて考えるのも嫌。で全て後回しにぶん投げてるのが自分の一番駄目なとこだな、って自覚はあるんだが。 こんな近所で一生顔突き合わせて暮らすってわかってる相手と、本気出して言いたいこと全部白日の下に晒してその後どうすればいいのか。…ってリアルに想像すると。無力感でもういいや、ってなっちゃうんだよね。どうしても。 一瞬悩んだけど、やっぱり今日もその台詞の中に仕込まれた棘は無視して話を進めることにした。実に情けない、我ながら。 …まあ、そういう個人的な感情は一旦横に置くとして。やっぱりサルーンで行われた上層部オンリーの間の密かなやり取りは、こうして翌日には当然のごとくに夏生の耳にまで届いてしまった、ってことはわかった。 人の口に戸は建てられないなとつくづく思いやられつつ。結局隠しごとはなるべく少なく、嘘にはある程度真実を混ぜる。って方策は間違ってなかったんだ。と決意を新たにしてわたしは切り出した。 「そのことなんだけど。…彼から打ち明けられたのは、結局そのせいでわたしの名前を出さざるを得なくなったんだって話。あの人、がちでそういうのが苦手なんだって。なんていうか…、プロの女性と仲良くする、みたいなこと。男の人なら誰でもそれを喜ぶのが当たり前ってわけじゃない。人による、ってこと。わかるでしょ?」 「…つまり。お前みたいな素人の女がいい、ってこと?」 やっぱり曲解する。まあ、今の論理展開じゃ無理ないか。さすがに説明が足りな過ぎる。 むしろこうやって即、考えなしに思ったことをそのまま言葉にする馬鹿正直な率直さがこの場合ありがたい。黙って胸の奥で沸々と疑心暗鬼を抱えられてる方が。あとで爆発したときが怖いもんな…。 夏生の神経質な地雷に触れないよう、用心深く柔らかな表現を脳内で目まぐるしく探す。 「…そういうのも含めて。つまり彼、基本的に女性ならみんな苦手なの。男性が好きとかではないらしいんだけど…。でもわたしとは最初に出会ったときに割とちゃんと話せたから。この子なら意識しないで済みそう、って思ったらしいのね」 「色気ないからだな」 そうね。 「だから、わたしがいいっていうより。消去法で選んだってこと。だってわたしに異性を感じないで済んだって言えば。また次つぎに可愛い、綺麗な女の子を彼にあてがおうとするでしょ?あのおじさんたちの発想なら…。だから、目くらましというか。綺麗な女の子攻勢からのガードになって欲しいって頼まれたの。山本さんからは、その。…わたしはゆくゆく普通にこの集落の中で嫁に行く予定なんだってこっそり打ち明けられたらしい。だから、それは最初からきちんと承知してますからって」 そう付け加えて、山本さんが夏生を裏切ってわたしを高橋くんに渡そうとしたわけじゃないとフォローしておく。
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