第4章 地上最後の楽園で

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実際にはそれでも高橋くんがわたしを落とせればそれに越したことないと考えてるのが見え見えだけど、まあ上層部のと板挟みでやむなくそうしてる。って面もないとは言えないし。 夏生的には自分側の味方がちゃんといた、ということでほっとしたようだ。だよなぁ、とあからさまにそれまで強張ってた頬を緩めてやっと少し笑った。 「お偉いおっさんたちに無理言われて気の毒だよなぁ、あの人も。俺にも平謝りで謝ってたよ。お前とあの男の間に絶対に間違いなんか起こらないよう、役場としても万全を期すからって」 二枚舌がひどい…。 山本さんが口先でべらべら捲し立てた弁解と、今のわたしの説明が奇跡のマリアージュを起こしたらしく。夏生はすっかり信用した様子でころりと機嫌をよくして続けた。 「そもそもあの男本人は全然そんな気ないのに、村長とかが余計な気を回してるんだってさ。あわよくば集落の女の誰かに惚れて、ここの人間になってくれないかと一縷の望みを抱いてるらしいんだけど。そのお役目をお前に託してる時点で見る目なさ過ぎ。純架にそんな、女スパイかくの一みたいな色仕掛けできるわけないじゃん。人生でただ一人の男も落としたことないっつーのに」 いつか殺す、この男。 そんな殺気立つ気分をにっこり笑った表情の奥に押し込めつつ、わたしは表面上言葉尻は無視して鷹揚に話の先を請け合った。 「そうそう。だから、向こうとわたしとの間に何事も起こらないのは最初からはっきりしてるんだよね。でもそれを表に出すと、またあのデリカシーのないおじさんたちに連れてかれて酒池肉林攻めになるのはわかりきってるからさ。申し訳ないけど、夏生もそのことは胸の奥にしまって。こっちに話を合わせといてくれる?それにこんなの、ずっと続くわけじゃないからさ。彼がこの集落のやり方をひと通り承知したら。わたしはそれでお役御免なんだし、それまでを無難にやり過ごすだけだから」 「ふん。…まあ、しょうがねぇな。あの男も、あんな如才なさそうな顔して。実はビビりの童貞ムーブだったとはね」 何か得意げ。いや、お前だって童貞だろ。と呆れて内心で突っ込みかけたけど。 考えてみたらこの集落にサルーンって場所がある以上、男性が未経験か経験済みかはわたしたちの知るところにない。 さすがに高校生をあんなところに連れて行く馬鹿大人はいないだろうが。既に学校を卒業して数ヶ月経ってるこいつを、職場の先輩の誰かがお前もそろそろ男になったら。みたいな余計なお節介であそこに連れ込んでる可能性は。全然あるよな。 もしかしたらこの集落のどこかの誰かのお腹の中に、既にこいつの血筋の子どもが宿ってるかもしれない。まあ、わたしには関係ない。別にどうでもいいことだが。 肩をすくめて気を取り直し、すっかりいい気分になってるらしい夏生をさらに宥めて念押しする。 「まあ、そういうわけで。あのおじさんたちが彼の存在に慣れて飽きるまでの間の辛抱だからさ。別にずっとべったり毎日そばにいる必要もなくて、何となくカムフラージュになってくれればいいって言ってくれたから。夏生も誰かに訊かれたら、適当にフォローしといて。仲良くも特に悪くもなくて、別にビジネスライクって感じみたいですよぉって。だって、それが実際 本当のことなんだし」 やつはうんうん、と頷いてみせてからやけに嬉しそうに相槌を打った。 「わかったわかった。いや、みんなうるさいんだよ、お前がよそ者に手を出されるんじゃないかとか放っといていいのかとか。まあ集落の女が粗末に扱われるのは黙ってられないもんな、俺らだって。けど、過度に心配する必要はないって言っとくわ。純架はそんな安い女じゃないし、信頼して大丈夫ってな。だってあの男のこと。全然何とも思ってなんかないんだろ、お前?」 ここぞとばかりにわたしは思いきり深々と頷いた。 「そうだよ。だから、変なこと言ってくる人がいても取り合わないでスルーしといて。先方だけじゃない、わたしの方だって。恋愛だの男の人だのにもともと全然興味ないやつだってことは。…誰よりも子どもの頃からそばにいるあんたが、一番よく知ってるでしょ?」 そんなわけで晴れて幼馴染み(婚約者でも彼氏でもない。断じてない)公認で来訪者の接待のお役目を仰せつかったわたしだったが。 これまで十八年間住んでいて、集落のことは隅から隅までまあ大体承知してる。知らないことはほとんどない、と思い込んでたけど。やはり外からの視点を介して見ると、熟知してると思ってたこの場所についてもいろいろと新しい発見があった。 「…純架ちゃん。昨日、畑や田圃を案内してもらったときも思ったけどさ」 いつも通り、朝一番でまずは海辺へと向かう。ここのところずっと晴れやかで清々しいいい天気が続いてたけど、浜辺から望む今日の空はいつになくどんよりと垂れ込めた雲でいっぱいだ。 今日は雲の割合10割だな。青空が覗いてる部分が全然ない。雨はなし、と。
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